Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

villiers de l'isle-adam

リラダン『遺稿断章』1

リラダン研究書の閲覧申請を断られた。落澹のあまりに、その三流大学図書館とレファレンスの婢女とを罵り且つ呪い(無論心の中で)、腹癒せに来月のオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』の最上席を予約した所で、何とか腹の蟲は治まった。本の方は£70で英国から輸入…

マラルメ『ヴィリエ・ド・リラダン(Villiers de l'Isle-Adam. Conférence par Stéphane Mallarmé)』1890

ヴィリエを偲ぶステファヌ・マラルメによって、1890年2月にベルギーで行われた講演のテキスト。その翻譯の森開社による上梓。随分と前に神保町の田村書店で購入して目を通したが、覚書を遺していなかった。翻譯が拙く読み難いテキストである。 彼の読書量は…

リラダン『脱走(L'Evasion)』1887

一幕からなる散文の劇。エピグラムはヨハネ傳福音書から「ラザロよ、出で来れ」。ここに云うラザロは、ルカ傳第16章の貧しき者とは別人。ベタニヤのマリヤ、マルタの兄弟で、イエスの友人。ラザロは病に拠りて一度死ぬが、墓におかれて四日を経たころ、イエ…

リラダン『新世界(Le Nouveau Monde)』1880

ヴィリエ・ド・リラダンによる五幕、散文の戯曲。1875年アメリカ獨立記念を祝して催された脚本コンクールへの応募作品。賞金1萬フラン!応募作品約100篇の中から、ヴィリエの『新世界』が最優秀作として択ばれた。 「綱領」の存するコンクールに提出されただ…

リラダン『奇談集(Histoires insolites)』1888

作者の死の前年に刊行、ニ十篇を纏めた小品集。その前半はエドガー・アラン・ポーを彷彿とさせる奇譚が(そもそも本題からしてポーのHistoires extraordinairesに案を得たものとする考察もある)、後半はカトリックのモチーフ、例えば施し、戦闘的カトリック、…

リラダン『アケディッセリル女王(Akëdysséril)』1885

ヴィリエによる中篇小説。初出は1885年La Revue contemporaine誌上。ヴィリエは「死」について生涯深い瞑想を続けており、その思考は彼の諸作品に反映されている。それは『アケディッセリル女王』に於ても例外ではなく、本作品で明らかにさるヴィリエの「自…

リラダン『アクセル(Axël)』1890 再読

余暇を利用してヴィリエ・ド・リラダンの『アクセル』を再読。ヴィリエの精神的な遺書とも呼べる本作品は、至高の理想主義に彩られ、至純の美に耀く。 ledilettante.hatenablog.com さる公爵家の最後の娘サラ・ド・モーペールは、年古る尼僧院にて、修道の誓…

リラダン『反抗(La Révolte)』1870

短い生涯のうち四年の間、おのが精神力を抑へつけてやつた妥協が、その精神力を弱めてしまつた!今更どうしやうもない!(...)試練は終つた。わたくしは敗れた。 リラダンによる三幕からなる戯曲。1868年、作者三十歳の時に創作されたと推定されている。1870…

リラダン『幸福の家(La Maison de Bonheur)』1885

この二つの魂は、曙の光を見ぬうちから、生まれながらの純潔に耀いて、あたかも郷愁に悩むがごとく、「天上」の事物をのみひたぶるに慕ひ求むる一種遣瀬なき情熱を授けられて、その姿を現したのであつた。 リラダンによる短篇。初出は1885年『ラ・ルビュー・…

夢想するとは

夢想する、とは、先づ第一に、「愚かしさ」より千倍も賤しい劣等な精神の、至高権力を忘れ去ることです!それは永遠の掠奪者共の手の施しやうもない喚き聲に耳を塞ぐことです!それは各人が堪へ忍び萬人が相手に蒙らせてゐるあの汚辱、あなたが社会生活と呼…

フォーレ「贈物(Les Présents)」『2つの歌(2 Mélodies)より』op.46-1, 1887

www.youtube.com 数あるフォーレの歌曲の1つである。詩はヴィリエ・ド・リラダンのもの。『残酷物語』に集録される「恋の物語」の第3篇、「贈物」が出典。「恋の物語」に集録されている7篇の詩は、恋愛の眩惑、歓び、苦悩、そして忘却に至るまでをうたうので…

リラダン『イシス(Isis)』第一部 1862

あなたがあの女の中で愛していらっしゃるものは、実はあなたの願望の実体なのです。『未来のイヴ』 ヴィリエが二十四の時の作品。第二部以下は原稿が失われたのか、未完に終わったのか不明。かのボードレールがこの書について賞賛を送ったことが判っているが…

20220620日記_恋愛とは

恐らく「恋愛」は生物学者にとって<粘膜の問題>に過ぎず、「女性」は蕩児にとって快楽の道具に過ぎず、「結婚」は西欧の政治家にとって人的資源の向上に過ぎまい。併しながら詩人にとって女性とは、「完璧」の幻であり、恋愛とは「祈禱」であり、婚礼とは「…

リラダン『残酷物語(Contes cruels)』1883、その2

ledilettante.hatenablog.com ledilettante.hatenablog.com マーラーの第7番を聴きながら、『残酷物語』再読。「ヴェラ」や「サンチマンタリスム」、「見知らぬ女」など気に入っている小品は幾度となく読み返しているのであるが、この度は全体を通して。 『…

泉鏡花『海城発電』1896

短篇小説。鏡花が描く非日常の世界に、読者は数頁のうちに取込まれる。 軍人が捕虜となった後帰還した赤十字の看護員を尋問する。軍人は、支那兵相手に立派に己が職務を全うしてきた看護員を、非愛国的、国家の観念が欠如していると責めるが、看護員は意にも…

泉鏡花『外科室』1895

その時の二人がさま、あたかも二人の身辺には、天なく、知なく、社会なく、全く人なきが如くなりし。 短篇小説。一度目をかわしただけで恋に落ちた男と女が、幾年の後、外科医師と患者の伯爵夫人として再会し、愛に殉ずる。 文庫にして18頁しかない。この短…

リラダン『未来のイヴ(L'Ève future)』1879

御冗談でせう!「美」といふものは「藝術」と人間の霊魂の問題です! 1880年のこと『ル・ゴロワ(Le Gaulois)』紙上にて、公に発表された。赤貧の貴族ヴィリエ・ド・リラダン唯一の長編小説。反ブルジョワ精神の結晶。私が読んだのは、東京創元社出版、斎藤磯…

モリエール『人間嫌い; あるいは怒りっぽい恋人(Le Misanthrope ou l'Atrabilaire amoureux)』1666

主人公のアルセストは愚直、潔癖な青年貴族。この世間知らずは恋に破れ、厭世を募らせた挙句、ついには俗世間との関わりを絶たんとする。「アルセスト風の」という形容詞を生んだ名作。潔癖な人間は生きるのが難しい。私もアルセストであるから、よく分る。 …

ゲーテ『若きウェルテルの悩み(Die Leiden des jungen Werthers)』1774

愛してはならぬ女を愛して、苦しむウェルテル。ロマン派時代の、人間の自我への目覚めを、この一青年の懊悩を通してみることができる。 不徳な描写もあるはあるが、牧歌的、道徳的な雰囲気。そう、健全なのだ。健全な若さ故、情熱を持つが故の苦悩。ウェルテ…

セシェ, ベルトゥ『ボードレールの生涯(La vie anecdotique et pittoresque de Charles Baudelaire)』1925

アルフォンス・セシェ(Alphonse Séché) とジュル・ベルトゥ(Jules Bertaut)の共著に成る。近代の霊魂の癒し得ぬ悲痛を詠んだ詩人、ボードレールの伝記。原著の初版は1925年頃であり、その後の研究から訂正されるべき箇所も多く在るだろうが、ボードレールが…

リラダン『王位要求者(Le Prétendant)』1866

所謂「幻の書」。1866年に上梓されたと推定されるが、その稿本が発見されたのは1954年。1965年ジョゼ・コルティ社から刊行されたのは、実にヴィリエの死後76年目であった。初期作品らしく存分にロマンティックでありながらも、ヴィリエ作品の一貫した主題、…

リラダン『彼岸世界の話(Propos d’au-delà)』から「崇高なる愛(L'Amour sublime)」「こよなき戀(Le meilleur Amour)」1893

『彼岸世界の話』はヴィリエ最晩年の作を収めた短編小説集である。彼の死後4年目1893年に単行本として上梓された。 「崇高なる愛」1889世俗的な実際家エヴァリスト・ルソー・ラトゥーシュと、崇高なる魂の持主との間には、「愛」の認識について、非常な隔た…

エドマンド・ウィルスン『アクセルの城(Axel's Castle)』1931

米国人文学者による象徴主義についての文学評論。ヴィリエ・ド・リラダンの詩劇『アクセル』の主人公、アクセル・ドーエルスペール伯を、象徴派のあらゆるヒーローたちの典型であると看做し、書名に用いている。 ledilettante.hatenablog.com 象徴主義はロマ…

リラダン『エレン(Elën)』1865

1865年1月14日、ヴィリエが27歳の時に上梓した作品。若きヴィリエの作品に、『未来のイヴ』や『アクセル』の充実感はあるのか?侮る莫れ。本作は崇高なる理想主義者であるヴィリエの本領が、存分に発揮された傑作。 不滅を探し求めていた男サムエルが、見目…

ポオ『リジイア(Ligeia)』1838

人もその繊弱い意志の甲斐なさによらぬかぎりは、天使にも将た死にも、屈従しおわるものではない 亡き妻リジイアを想う男。彼の意志が、喪われた恋人を幽世から呼戻す。リラダンが本作を参考に『ヴェラ』を書いた事は間違いない。両者の筋書きは殆ど同じだ。…

リラダン『新残酷物語(Nouveaux Contes Cruels)』1888

レミ・ド・グールモンが指摘するように、ヴィリエ作品は夢と諷刺の両者から成立っている。『新残酷物語』(1888)は『残酷物語』(1883)に続き、こうしたヴィリエの二面性を愉しめる短篇集。 『寄宿舎友達』諷刺。近代社会の道徳顚倒、拝金主義。『希望による拷…

リラダン『アクセル(Axël)』1890

斎藤磯雄氏譯、東京創元社。ヴィリエの理想主義的な夢と中世趣味が見事に結晶した詩劇。ヴィリエの死後に出版された。 ledilettante.hatenablog.com 青春から逃れ、シュヴァルツヴァルトの古城で現身と永劫世界の間に揺れる男。美姫サラがもたらした最後の誘…

リラダン『トリビュラ・ボノメ(Tribulat Bonhomet)』1887

信仰の思想を凌駕せるは猶思想の本能を凌駕せるがごとし -スウェーデンボルグ 東京創元社より斎藤磯雄氏の翻譯。トリュビラ・ボノメ博士。その心は実用主義、折衷主義、進歩主義で芸術家嫌悪。「白鳥を殺す輩」。そうしたボノメが、不滅の霊魂に関心を寄せる…

ブロワ『リラダンの復活(La Résurrection de Villiers de l'Isle-Adam)』1906

リラダンは『イシス』から『アクセル』に至るまで、この無限に美はしく、天を支へる柱の如く強く、智天使らの上に君臨する者の如く全智にして、神そのものともなるべき女性、即ち、永遠の女性に対する憧憬の夢を犇と心に抱いてゐた 森開社による上梓。ヴィリ…

リラダン『至上の愛(L'Amour suprême)』1886

そして、ありし日と同じく、私は感じた、この若い女人に於て私を魅了するものは唯々その魂の清澄のみであることを! ヴィリエの短篇集、及びそこに録された同名一短篇。死を越えてこそ実現する男女の永遠の愛。譯者は本物語を、ヴィリエ自身の初恋の告白であ…