Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

泉鏡花『外科室』1895

その時の二人がさま、あたかも二人の身辺には、天なく、知なく、社会なく、全く人なきが如くなりし。

短篇小説。一度目をかわしただけで恋に落ちた男と女が、幾年の後、外科医師と患者の伯爵夫人として再会し、愛に殉ずる。

文庫にして18頁しかない。この短さ故に鏡花は、「愛の理想とは一瞬に凝結し、それが永遠である」とする、ヴィリエ・ド・リラダンにも通ずる哲学を、極純粋な観念のままで、描き出すことに成功している。文体の造形美も見事。

私は戦慄した。日本に於て、しみったれたロマン主義文学や貧相な自然主義文学が全盛の時代。フランスに於て、リラダンの『未来のイヴ』が1886年、『アクセル』が1890年。同時期に鏡花という小説家が生まれたのは、偶然か、必然か。神の悪戯ではないか? 私には何も判らぬ。とまれ、「卑俗な日常描写をたらたらと書綴る日本人」のイメージは、もはや彼方である。

 

小説の最期、鏡花はかような哲学を信奉する者に対し、深淵な問いを投げかける。

語を寄す、天下の宗教家、彼ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。

次は『春昼・春昼後刻』を読むことにしよう。