『彼岸世界の話』はヴィリエ最晩年の作を収めた短編小説集である。彼の死後4年目1893年に単行本として上梓された。
「崇高なる愛」1889
世俗的な実際家エヴァリスト・ルソー・ラトゥーシュと、崇高なる魂の持主との間には、「愛」の認識について、非常な隔たりがある。ブールジョワの「常識」を以て、永劫世界を覗くときに生じる「混乱」を、諷刺的に描いている小品。
(エヴァリストは)ついに自分の家で自分がよそ者のやうに感じるやうになつてしまつた。触知し得ぬものなどを真面目にとるのは沽券にかかはると考へてゐたので、この現象が彼には合点のいかぬことであつた。
「こよなき戀」1889
契りを結んだ女の不貞を知らずして死んだが故に"幸福"であった男の話。これも又痛烈な諷刺の効いた作品である。
「真面目な愛」などと云うものは、男のエゴに過ぎないとこの頃は考える。「裏切に遭った」などと責められる女も気の毒じゃないか。男が、いや私が勝手に愛し、勝手に幻滅をしただけの話なのだから。
この下界に於て、実際は、何らかの虚偽に由来してゐない幸福とは、抑々如何なるものであるか。
真の幸福は己れ自身の裡にしかあり得ず、かつ又、奇跡的に、彼の信仰が下界のあらゆる汚濁から彼を庇護してくれたので、守り抜かれた気高くも純粋なる信念をひしと抱締めたまま、ギレームは十字を切つた。(…)選ばれし者の態度を以て。