Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

夢想するとは

夢想する、とは、先づ第一に、「愚かしさ」より千倍も賤しい劣等な精神の、至高権力を忘れ去ることです!それは永遠の掠奪者共の手の施しやうもない喚き聲に耳を塞ぐことです!それは各人が堪へ忍び萬人が相手に蒙らせてゐるあの汚辱、あなたが社会生活と呼んでいらつしやるあの汚辱を忘れ去ることです!それは良心に反するあの自稱の義務、卑しい目先の利得を求める慾心以外の何物でもない、あの自稱の義務を忘れ去ることです!その慾心に免じて、見棄てられた人々の悲惨を前にしてもあつけらかんとしてゐられるのですね!夢想するとは、自己の思想の奥深くに、外部の現実がわづかにその反映にすぎないやうな、幽玄な一世界を静観することです!......それは死の中に、すでに差迫つた死の中に、不敗の希望を強化することです!それは「不滅」の中に自己を取戻すことです!それはおのれを孤獨である、しかし永遠であると感じることです!それは河川が海に流れ入るやうに、自由に、理想の「美」を愛することです!その他の娯楽や義務は、わたくしが生きることを強ひられてゐるこの詛はれた時代にあつては、ひと目の太陽にも値しません。結局、夢想する、それは死ぬことです。しかし少くともそれは、黙々として、天空の一片を眼に入れて死ぬことです!わたくしはもうそれだけしか望みません!

ヴィリエ・ド・リラダン『反抗』