Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

20220515日記

いつものレストランで食事をした後、バラを観に音羽まで出掛けた。連日の雨で幾らか色褪せてしまってはいたが、何も花が美くしいのはその盛りの時期に限ったことではない。「花は盛りに、月は隈無きをのみ見るものかは」と云うではないか。

帰宅後、マーラーの第1番と第5番を観賞。私の中には俄かにマーラー・ブームが到来している。

マーラー『交響曲第6番 イ短調』1904


www.youtube.com

短調にはじまり短調に綴じられる古典的な構成。
「悲劇的」という副題で知られるが、第3楽章まではむしろ溌剌とした英雄の印象を受ける、cheerfulとでも名付けたい程に。しかし第4楽章における音楽の沈み方は、ベートーヴェンが生み出してブラームスが継承した交響曲の図式「暗黒から光明へ」とは対照的。「光明から暗黒へ」とでも喩えたい。文字通り「悲劇的」な終わりを迎える訳だ。

 

マーラー交響曲は深夜の読書の背景音楽に御誂向である。

ドールヴィイ『デ・トゥーシュの騎士(Le Chevalier Des Touches)』1864

バルベイ・ドールヴィイらしい「語り」による物語小説。

ledilettante.hatenablog.com

バルベイの故郷ノルマンディー、大革命の時代が舞台。

実在するふくろう党(レ・シュワン)の騎士ジャック・デトゥーシュ(Jacques Destouches de La Fresnay)の英雄譚に着想を得て書かれており、物語の大筋は1799年の史実、デ・トゥーシュ奪還事件に基く。

喪われた貴族的栄光への郷愁を主題とみてよかろう。貴族の気高さを鮮やかに描き出す一方で、貴族を見棄てたブルボン王朝に対する非難めいたものが読み取れる。

強烈なロマンチシズム。ロマン主義を心から信奉する者は本作を賞賛するであろうが、そうでない者は、陳腐で切れの悪い長文に辟易するだろう。

最終章「ある紅潮の来歴」では、エメ嬢がデ・トゥーシュの前で紅潮してしまう理由、すなわち「隠されていながら物質的痕跡によって露顕してしまう現実」がミステリー風に明らかにされるが、これが面白い。この構想は1856年のドールヴィィが訪ねた癲狂院での、デ・トゥーシュとの面会が叶ったために生まれたとか。

 

パイヤッソン じゃがいもを千切りにしてパンケーキ状に焼いたフランス料理

サン=サーンス『序奏とロンド・カプリチオーソ(Introduction et Rondo capriccioso)』


www.youtube.com

サン=サーンス作曲、サラサーテに献呈。

ルイ・マルの『さよなら子供たち(Au revoir les enfants)』の中に、みんなで『チャップリンの移民(The immigrant)』を観るシーンがある。その際にギリシア語教師が演奏していた。

ハイフェッツの演奏でどうぞ。全く彼に優るヴァイオリニストは存在し得ない。

20220504日記

はじめて男娼を買う。

誰に対する言い訳なのか分からぬが、この頃ますます倦怠は募り、自暴自棄の念があった為の愚行だと信じたい。

肉体的快楽はあったが、贖いきれぬ罪を冒したという想いが強い。どうやら私は背徳に対し快楽を感じる性ではないらしい。

コンフェシオンが問題だ。

私はこの罪を告白せねばならないのか。よしや口に出さずとも、私の顔に差す悪魔の陰に、神父様はお気付きになるだろう。

何を偽善振っているのだか。愉しんだ癖に。

ワーグナー『交響曲 ハ長調』


www.youtube.com

ワーグナーが唯一完成させた交響曲雄大な曲だ。

構成の造形美、一部のパートが先行しない均衡のオーケストレーション。作曲家の名を伏せて聴けば、ベートーヴェンが第一の候補に挙がることは疑いようがない。『エロイカ』を彷彿とさせる。が、ベートーヴェンと較べてしまうと、やはり退屈な訳で。日々の鑑賞レパートリーに加わることはないと思う。

ドヴォルザーク『オセロ(Othello)』op.93


www.youtube.com

『オセロ(Othello)』は、ドヴォルザークの演奏会用序曲『自然と人生と愛』のうち、「愛」に相当する楽曲である。

愛を代表しているからには、甘美でのんびりとした調べを想像するものであるが、そうではない。一種の憂いを帯びた、暗く情熱的な旋律は、「嫉妬」を表現しているのだそう。愛の一義的意味を嫉妬とするドヴォルザークの根本的気質はスラブ人だ。本人は否定したいだろうがね。

日本に於てドヴォルザークと云えば、彼の交響曲第9番ばかりが演奏されるが、それは勿体ないことだ。ドヴォルザークの1度聴いたら2度と頭を離れない、烈しく心を揺さぶるメロディーが刻まれているのは、何も第9番に限った話ではないから。交響楽作品としては、この『オセロ』をはじめ、第6番や、第7番もおすすめしたい。

 

私は決めている、この長期休暇を利用して、ドヴォルザークマーラーショスタコヴィチの交響曲「すべて」を聴くことを。新鮮な音楽に触れて、クラシック音楽の革新性、柔軟性、深みを再確認してゆきたい。

20220424日記

"fealty"という単語をご存じか。
臣従儀礼のひとつで、いわゆる臣下が君主の前に跪くお作法のこと。是れ厳密に正しい姿勢というのはなく、時代により、国により、又忠誠を示す相手により異なる様で。例えばカトリック教徒は神の御前に於て両膝で跪くのが一般的だろうが、お侍さんが殿さまに対して同じポージングはとらないだろう。"fealty"の多様なヴァリアントを、誰か私に見せて欲しい。興味がある。

20220422日記

晴れ。暑い。
伊勢丹で靴を買う。かなしい哉、日本に於て2万円前後で買えるまともな靴というと、リーガルくらいしか選択肢が思いつかない。イタリアなら同価格帯で立派なソールの革靴が手に入るであろうに。

 

絲の如く 麻の如く
尠くとも(すくなくとも)
holocaust 燔祭(はんさい) 猶太人虐殺の意で使われるが、原義は生贄を火焙りにして神に捧げる行事のこと。いや、同義か。
ゆくりなく 思いがけなく、突然に
心緒(しんしょ) 心の中で思っている内容、「心緒絲の如く乱れたり」
そこばく 程度の甚だしいさま。現代では若干の意でも用いられるが、、
伉儷(こうれい) 夫婦
桎梏(しっこく) 自由な行動を束縛すること、そのもの

瀑布(ばくふ) 滝
荷う(になう)
得心(とくしん) 納得
敷衍(ふえん)  おし広げること、「敷衍して考える」
怯懦(きょうだ) 臆病で意志の弱いこと
手をこまねく 何もせず傍観していること
弥終(いやはて) いちばんの果て
国手(こくしゅ) 名医のこと
利器(りき) すぐれた才能、便利な方便
頤(おとがい) 顎
綾羅(りょうら) 上等な布
愁然(しゅうぜん) 憂いに沈むさま
砌(みきり) 時節、「幼少の砌」