Mon Cœur Mis à Nu

But, darlings, the show must go on.

20260630日記_美輪明宏の訃報に接して

美輪明宏の訃報は、他の著名人のそれとは一寸違った感慨を私に与えた。

別に彼のフアンでは無し、彼の書いた物を読むでも無し、彼の音楽を聴くでも無し、そもそもオカマは苦手である。だがそれでも、私は彼の人生を面白いと思い、wikipediaの関連記事を幾度も通読したのである。

彼はおしゃれである。これは間違いない。幼少期を戦前の長崎で過ごし、海星中学に通い、夜の銀座、アプレゲールの文化人との交流を通して陶冶された彼の人格は、人格の反映たる彼の周囲の装飾物共々、洗練され、とてもおしゃれであった。

彼は現代人には見られないペルソナだった。真の意味での文化人がまた一人、社会から消えたことが残念だった。

フランコ・ゼフィレッリ『ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)』1968 

月毎に姿を変えるあの月に、あの浮気な月にかけて誓ってはなりません、

あなたの愛が月のように変わりやすくなるのはいやでございますもの。

 

シェイクスピア『ロメオとジュリエット』平井正穂訳

 

過日、シェイクスピア戯曲の翻訳で知られる小田島雄志氏の訃報に接した。とはいえ、岩波文庫でしかシェイクスピアを読まない私にはピンと来ず、自身の不明を恥じたのだった。それにしてもシェイクスピアを生業とする人生とは、何という幸福であろうか。

 

フランコ・ゼフィレッリ監督による英国・イタリア合作映画。俳優方を英国人、制作方をイタリア人が担ったようだが、まさに適材適所の手本と言うべきだろう。来し方の秩序、失われた美の残照への賛美である。

冒頭から終幕に至るまで、私は絶えず涙を流していたように思う。結末の残酷さを知っているからではない。映画に満ちる不断の美に終始圧倒されていたからである。

女優の名はオリヴィア・ハッセー。当時17歳、やや日に焼けた肌、仔鹿のように軽やかに動き回るお転婆な少女。しかし、その瞳がロメオを見つめる時、そこには至誠の光が宿る。それは恰も幼子の信仰に似た真直ぐな視線である。

ああ、この若き伉儷の愛の讃歌の如何に神聖なことか。視線を交わしたその一瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が走り、やがて忘我の静寂と、それに続く情熱。このような恋を君はしたことがあるか。このような恋に巡り合える者は何という果報者であろうか。

 

異性に顧みられぬがゆえに僻み、「恋愛などに興味はない」と嘯く空虚な者たちよ。その心の貧しさを恥じ、人間と、そして現実と向き合うがよい。

20260620日記_雨後青山

雨。山法師が咲いている。今年の梅雨はいかにも梅雨らしい。私は本来の梅雨が好き。田の面に落ちる雨滴をうち眺め、その静寂を聞く喜び。それに雨後青山という言葉がある。長い苦悩を乗り越えた人間の心は洗練されより深みを増すという、仏の慰めを思い出すのである。

 

仕事の都合を付けてひと月ぶりに母を見舞った。殺風景な病室で何らの娯楽もなく、かといって室外を動き回る体力もなく、ただ日々をうち過ごしている母を、かく放って置かざるを得ない境遇にある私。私は生き方を間違えているのではないか。

病室に入った私の姿を認めた瞬間の、母の素直な喜びが痛々しい。一人でいる間の長い長い沈思黙考の中で、退院したとて苦悩は尽きず、永らえるよりはむしろ絶えなんと、そうした考えが巡ることは一度二度あったに違いないのだ。

 

母の発話能力は回復していないから、私から一方的に話しかける。もとより私は話すことの苦手な男だ。何を話したか。今年の6月は割合過ごし易いということ、昨日の新幹線の事故のこと、韓国への旅行、そろそろ茶箱の季節だということ、そして恋人のこと。

母に恋人のことを話すのは初めてかも知れない。無論、存在は勘づいていたかも知れぬが。彼女と会ったのは先週の木曜日である。神楽坂のヴェネツィア料理店で食事をし、以前から訪れてみたかった花屋に彼女を連れてゆき、散歩ついで大日本印刷の「本と活字館」とやらに寄って、京王百貨店で水無月を買った(驚いた、もう夏越の祓かと)。

 

全ては話していない。話したとて分からぬだろうから。だが母を喜ばせたい一心で、私はつい約束をしてしまった。「お母さんが退院して体力が戻ったら、3人で一緒に食事をしよう」と。病院を訪れる数少ないバスの時間が迫り、私が退室の挨拶をする頃になって、涙を浮かべる母は、絞りだしたかのような嗄声で言った。食事を楽しみにしていると。ああ、私は約束をしてしまった。男は約束を果たさねばならない。

AIの正しい使い方

彼女への思いを散文で綴っていたのだが、読ませる相手も居ないのでAIに放り擲げてみた所、例に洩れず万感のflattering。「韻文に直しますか」と粋な提案を寄こして来たので、ならばシェイクスピア風にしてみよと指示した。応答は以下の通り。

 

It seems a miracle she stands by me,
As though by grace her presence has been given;
That I might in that sacred unity
Find all my sins absolved, my sorrows driven.

Yet faithless still, unworthy as I stand,
I fear her form a subtle devil’s art,
A hidden snare, by dark and cunning hand,
To drag me deeper into grief of heart.

I tremble at the thought I might be led,
By love itself, unto a darker end;
And thus I long, by holy warrant said,
At once before the altar to ascend.

Proclaim us bound, our vow in truth confined—
That fear be stilled, and peace confirm my mind.

 

語彙の平凡さや、暗喩に欠けた捻りの無さは仕方ないが、まともな十四行詩。なかなかどうして立派ではないか。AIをサイバーセキュリティなど「くだらないこと」に使うのは余りに浅ましい。捻りを利かせなければならないのは人間の方である。

独り言

美くしい事象に感動する心を有したまま死にたいと思う。天の国には魂を除いて何も持ってはいけないのだ。

 

忙しい。ボードレールが閑暇を貴重とした理由が分かる。忙殺される人間に芸術は不可能だ。

 

書生気分の抜けてきたのは良いことかも知れない。学生時代が人生のピークという人間は少なくない。そうした人種に共通しているのは、周囲の人々の経験という意味での歴史に学ばず、何らの人生戦略も持たず、徒らに歳月を過ごし、年齢の割に人格的な深みが一切醸成されていないことだ。そうした負け犬の長話は、総じてつまらない。

 

仕事に熱心に取り組み、成功している人間が好きだ。友人の結婚式に参列してそう思った。仕事に成功している人間の洞察力は優れていて、彼らの経験談は面白く、ためにすらなる。人並みに働くことも出来ず、懶惰な学生生活に未練たらたらの三十路ほど、醜く哀れな生き物はいない。そんな奴らの首尾一貫しない話、Wikipediaから拾ってきたような誤謬だらけ話、人生と自身の能力に対する無根拠なオプティミズム、もう飽き飽きする。古い知人たちを二分しながら、そう考えていた。

 

20260601日記_アストランティアの花言葉

あなたはあんなに私を仕合せにして下さる力がおありになるのに、めつたにその力をお使ひにならないのね。

三島由紀夫『春の雪』

 

さても恋愛とは恐るべき遊戯なるかな、この遊戯をする者の一方が、必ず自制の力を失わねばならぬとは。

シャルル・ボードレール『火箭』

 

晴。小満も末候に入り、麦の秋至る。本日の東京の最高気温は33度、実におぞましい暑さである。
彼女と面会した。事務所近く、インターコンチネンタルホテル内の花屋でブーケを手配する。注文はいつもと同じ、「季節の花をエレガントにまとめてほしい」。素人の粗略な指示だが、フローリストの岡田さんは決して私の期待を裏切らない。手に職のある女性はやはり美しい。
銀座通りに面したポーラ銀座ビル最上階のシェ・トモで昼食。私の車は定刻より十五分も早く到着した。案内された席で、近頃の精神的疲労のせいか、私はうつらうつらとしていた。そこにウェイターと女性の足音が響く。反射的起立。白の単衣姿の彼女があらわれた。
彼女はいつもより化粧が薄い。暑さでおしろいが落ちたのだろうか、私好みである。意識して抑えなければ無作法な程に彼女を見つめてしまう。これが昨晩まで散々私を苦しめて呉れた女だろうか?
私の双の目は一瞬間でも長く彼女の視線を捉えんがため、分別なく彷徨う。私は再び怪しむ。彼女を私の前に遣わしたのは天使かそれとも悪魔かと。今際の時に至るまでその判別はつくまい。私は彼女によって幸福にもなり、また苦しみもする。要は死の瞬間の、私の心持一つである。

 

バラ、カーネーション、アストランティアにオルレア。

スタンレー・ウォッシュバン『乃木大将と日本人(Nogi)』1913 目黒真澄訳

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将軍は一切を甘受して何らの不平もない。生を重んずるのはただ、忠義と尊敬とを集中するその対象に奉仕せんがためであった。満身ただ忠誠、個人的存在を没却して、純理想主義に立脚する点において、近世誰あってこの日本の古武士乃木大将に匹儔することができよう。

 

陰のち霽れ。本日は聖霊降誕の祝日であるから、遠出して、知人が受洗した千葉県の教会まで出かけたのであるが、かの地では主日ミサが午前9時開始であることを知らず、着いた頃には神の仔羊が歌われている始末。もう何年連続で聖霊の続唱を歌いそびれているか知らない。

拝領の歌、閉祭の歌が聞慣れぬ外国語で歌われたのであるが(東南アジアの土人の咆哮を聞分けられる筈がない)、聖週間、御降誕の次点に位置する一級祝日に、何とも情けない。

午后はN響の定期演奏会。数日前、ブラームス・プログラムということをメールで知らせて来たので、急遽席を手配したのであった。まず「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」、このブラームスが最期に手掛けた管弦楽曲は、恐らくピアノ協奏曲第1番と同程度に評価されていないし、その評価も妥当だと思うが、今回はソリストが上手であった為に第3楽章の演奏効果が素晴らしく、実に聴かせるハーモニーであった。

屑のようなアンコールを挟んで、次は「ピアノ四重奏曲第1番」のシェーンベルクによる管弦楽編曲。私はこのピアノカルテットをスマホの着信音にするほど気に入っているが、編曲版について、第3楽章にはオーケストラ化の効果を認めてやってもよいが、大部分においてはニューヨークの雑踏を思わせる、中学生のブラスバンドである。

編曲に当ってシェーンベルクは「もしブラームスが今日生きていたとしても、彼自身がやったであろう以上のことはしない」と言ったらしいが、だとしたら何故こうグロテスクな仕上がりになるのか。とまれシェーンベルクがADHDの狂人である所以である。

 

扨て、導入が本題よりも長くなりそうだ。昨晩、日露戦争に従軍した米国人記者スタンレー・ウォッシュバンの乃木伝を読んだ。私はかねてから司馬史観による乃木愚将説に大変な違和感を抱いているのであるが、ウォッシュバンによる乃木評は、全く我が意を得た。乃木を愚将と評する者は、歴史の「あと知恵」の錯誤に気づかぬ点、現代のジェンダー論者共と同程度の嘆くべき知的水準にある。彼らは、乃木大将こそが、機関銃の登場という戦史における革命的瞬間に邂逅した指揮官であった事実を、看過している。

日露戦争から十数余年、英仏独軍の名将と呼ばれる人々が、ヴェルダンやソンムで何人の選り抜かれた若者を犬死にさせたと思っているのか。彼らは5年間に亘り自軍兵士を虐殺したのである。だとすれば、僅か半年で一木一草ない丘陵上の大要塞を攻略し、更に奉天会戦で決定的役割を果たした第三軍司令官乃木希典の、何が愚なのか。明治日本の精神を遺憾無く発揮し、明治大帝の御稜威、帝国の威信を全世界に知らしめた乃木大将は、断じて愚将などではない。

 

 

20260517日記

戦略の本質とは自己のもつ手段の限界に見あった次元に、政策目標の水準をさげる政治的英知である。

永井陽之助

 

われら双方は各々の胸にある現実的なわきまえをもとに可能な解決策をとるよう努力すべきだ。

トゥキュディデス『戦史』アテナイからメーロスの使者へ

 

晴れ。夏も愈々深まって来るので冷房のフィルターを掃除してそれに備える。昼は平生のフランス料理店で、マダムと互いに6月の旅行の事など話し合う。小石川植物園へ。空木の花が見頃を迎えた。夏の暑さは躊躇なく嫌いと言えるが、夏の青葉は疑いなく美くしい。その緑陰を散歩することは大変な愉しみでもある。幸いにして昨日の最高気温は25度前後、鈴懸木の木陰のベンチでうたた惰眠を貪る。

夜は知人らに呼ばれて酒を飲む。知人といっても、ほんの偶然から知り合った二十歳前後の学生或いは学生崩れらで、互いに何の利害関係も持たない青年達である。彼らの会話を聞き乍ら、ああ私もいつか来た道だと、何となく懐かしい感慨に浸る。彼らのうち2人は恋人同士である。私は酔った勢いで相当に退屈なことを言った。「つまらないジェラシーで互いを試すようなことはしてはならない。それは劇薬である。愛し合える人間に巡り会えたことの幸福を弁えなければならない」。寒々しい説教と聞かれて構わないが、これは私自身の悔恨であって、彼らの幸福を望む善意から生じた悲願であった。

 

冒頭のエピグラムと日記の内容に直接の関係はない。ただ三十歳を前にして、理想と現実との格差に精神を壊す愚者が周囲に増えて来たものだから、改めてリアリズムの重要性を認識しているのである。国家にしろ人間にしろ、リアリズムを持たない者は破滅する。詩人であり乍ら同時に教師であったステファヌ・マラルメの堅実さが必要とされる所以である。そういえばチャーチルもこのように述べている。「二十歳でリベラルでないなら、情熱が足りない。四十歳で保守主義者でないなら、知能が足りない」。天性の才能も努力を継続する能力も欠如している癖に、大風呂敷を広げ、喋々する。そうした凡人はいなくならない。この愚かな凡人による衆愚こそ、恨めしい。

 

見たい映画リスト
フランコ・ゼフィレッリ『ロミオとジュリエット』1968 (138分)
イアン・ソフトリー『鳩の翼』1997 (101分)
アニエスカ・ホランド(コッポラ)『秘密の花園』1993 (102分)
バーナード・ローズ『不滅の恋/ベートーヴェン』1994 (121分)
マーティン・スコセッシ『ヒューゴの不思議な発明』2011 (126分)
キング・ヴィダー『戦争と平和』1956 (208分)

20260506日記

泣くのは今日までにする。強く雄々しく生きることだ。十字軍士の真摯さを以て世と再び対峙する。私は負けはしない、何故なら私は敗北が嫌いだからだ。

 

をのこやも 虚しかるべき萬代に 語り継ぐべき 名は立てずして

スタンリー・キューブリック『バリー・リンドン(Barry Lyndon)』1975

スタンリー・キューブリック監督作。パリ・カルチェラタンの小劇場での上映を見逃して以来、久しく見たかった作品。

舞台はジョージ三世時代の英国。ヘンデルのサラバンドと決闘の場面とによる幕開けが如何にも18世紀的。蝋燭の火だけを頼って撮影したというから驚きであり、衣装、美術、音楽、いづれをとっても見事な歴史映画の大作。玉に瑕なのは、主人公をはじめ、要所要所に登場するアメリカ人俳優のひどい米国訛りの英語である。

立身出世の野望を抱く、没落したジェントリの伝記的物語。主人公は軍人、賭博師、そしてレディとの婚姻を経て、遂には貴族の一員になり仰せた。だがそれは見せかけに過ぎず、所詮は資産なき草莽のアイルランド人、かかる「成り上がり」を世間が許すはずもない。

ウィリアム・サッカレーの The Luck of Barry Lyndon (1844) が原作と言うが、我々の脳裏に浮かぶのはスタンダールの Le Rouge et le Noir (1830) であり、哀れなジュリアン・ソレル青年の運命だろう。ソレルにしてもバリーにしても私の境遇と重なる所がある。結局身分と財産なき男の出世の道は、何が正解なのだろうか。