泣くのは今日までにする。強く雄々しく生きることだ。十字軍士の真摯さを以て世と再び対峙する。私は負けはしない、何故なら私は敗北が嫌いだからだ。
をのこやも 虚しかるべき萬代に 語り継ぐべき 名は立てずして
泣くのは今日までにする。強く雄々しく生きることだ。十字軍士の真摯さを以て世と再び対峙する。私は負けはしない、何故なら私は敗北が嫌いだからだ。
をのこやも 虚しかるべき萬代に 語り継ぐべき 名は立てずして

スタンリー・キューブリック監督作。パリ・カルチェラタンの小劇場での上映を見逃して以来、久しく見たかった作品。
舞台はジョージ三世時代の英国。ヘンデルのサラバンドと決闘の場面とによる幕開けが如何にも18世紀的。蝋燭の火だけを頼って撮影したというから驚きであり、衣装、美術、音楽、いづれをとっても見事な歴史映画の大作。玉に瑕なのは、主人公をはじめ、要所要所に登場するアメリカ人俳優のひどい米国訛りの英語である。
立身出世の野望を抱く、没落したジェントリの伝記的物語。主人公は軍人、賭博師、そしてレディとの婚姻を経て、遂には貴族の一員になり仰せた。だがそれは見せかけに過ぎず、所詮は資産なき草莽のアイルランド人、かかる「成り上がり」を世間が許すはずもない。
ウィリアム・サッカレーの The Luck of Barry Lyndon (1844) が原作と言うが、我々の脳裏に浮かぶのはスタンダールの Le Rouge et le Noir (1830) であり、哀れなジュリアン・ソレル青年の運命だろう。ソレルにしてもバリーにしても私の境遇と重なる所がある。結局身分と財産なき男の出世の道は、何が正解なのだろうか。

スティーブン・ダルドリー監督作。イングランド北部の炭鉱夫の息子ビリー・エリオットがロイヤル・バレエのダンサーを目指す。
映画としては凡だと思うが、貧しい少年のサクセスストーリーに低評価を付ける気にはなれない。この映画における見所は、実は少年をロンドンに送り出す側の人間の描かれ方だと思う。それは労働者階級の「諦念」とでも言うべきもの、現代社会において、この諦念は膨張し続けており、ビリーが享受したような夢物語は、もはや通用しなくなって来ている。
本映画は、ゆくりなく世界の労働者階級の受難に思いを馳せる契機を呉れた。すると私は、先日友人と交わしたAIに関する会話を思い出した。
会話において、私たちはAIをはじめとする先端技術の無制限な拡大と急速な普及に対する危惧を共有した。今の人類の知能程度では、とても科学を御し得ないと。
その一方で、私はこうも思った。AIによる人類の支配によって、人類が一度は挫折した共産主義社会が実現するのではないか。また、自律的なAIを搭載したヒューマノイドによって、多くの人間の孤独が癒やされるのではないか。
人類はAIに膝を屈することによって、幸福になれるのではないかと。

人が恥というものを心得ている限り、過去を顧みるという行為は、必然的に痛みを伴う。それは恰も、一身において検屍官と切り刻まれるモルグの遺体、相反する役を同時に引き受けることである。因果に逼るほど苦しみは弥増す。だが二十世紀経済学が証明した通り、この世に十全な幸福が存在しない以上、完全な不幸もまた存在しない。曇天にもその雲間から薄くあたたかな陽光が差し込む瞬間はあるように、苦難に満ち満ちた過去の中にも、微笑ましい思い出の一つや二つを、人は誰しも有しているものだ。
セルジオ・レオーネ監督による米伊合作、ギャング映画の金字塔と呼ばれて久しい。さもありなん、幕開け早々、金髪女を殴打暴行。無論この一点を以て断じる訳ではないが、表現の自由が蝕まれ、教誨師めいた偽善が幅を利かせる現代にあっては、三文文士風情には到底撮り得ぬ類の映画である。
主人公の現在と過去とを往き来しながら、その生涯が徐々に、謎解きのように明かされていく構成。ニューヨークのゲットーに被差別民として生を受けた男の人生は不可避的に影を帯び続ける。だが少年時代の描写には、物質的豊かさの空虚を際立たせるような、"Once Upon a Time in America" の題名に恥じぬ清廉さがある。レオーネ特有のゆったりとした長回しが、そこに独特の余韻を与えている。
佳作であることは疑いない。だが中盤の小休止以降の停滞が、どうしても惜しまれる。4時間11分という上映時間はやはり冗漫である。終幕に近づくにつれ重厚な歴史映画が、チープなSF映画に堕ちてしまった。また現実逃避としか読めない結末は実に女々しく、そこには80年代、すでに兆しを見せていたアメリカ文化の退廃が重なって見える。

「善くかつ高貴に行動する人間はただその事実だけに拠っても不幸を耐え得るものだということを私は証拠だてたいと願う」 ベートーヴェン
暦において穀雨を迎え、連日曇り模様だが、本日は清々しく晴れた。晏起して、行きつけのフランス料理店で食事をした後に小石川植物園を訪れているが、気温も風も誠に気持ちが良い。尤も、躑躅も蘇芳も卯木も、それに藤まで、とうに見頃を過ぎてしまってはいたが、別に構わない。ベートーヴェンの交響曲第9番を聴きながら、鈴懸木ら落葉樹の群生する辺りのベンチに腰掛けて、新聞を読んだり、諸々の返信をしたり、来週の予定を立てたり、またブログを執筆したり。こうした長閑な時間を、誰かと過ごせたら良いのにと思う。こんな時に恋人は全く当てにならない。
近頃の私に必要な本は何かと考えた末にロマン・ロランの「ベートーヴェンの生涯」を読んだ。目下、露悪趣味が高じている私には、終生恵まれた境遇にあったロマン・ロランの偽善的な理想主義が五月蝿くもあったが、それでもやはりベートーヴェンの偉大な生涯を紐解くと、私は才能も苦悩の程度もなんて凡庸なのだと笑けてくる。それは恰も宇宙に関する講話を聞いた時の心境に似ている。
ケルン選帝侯領・ボンの貧家の屋根裏部屋、酒呑みの無能な父のもとに生れたベートーヴェン(1770-1827)にとって、人生は原初から悲しく冷酷な戦いとして示された。彼は日毎のパンのために、音楽に取組んだ。二十五歳の時、「勇気を出そう。肉体はどんなに弱くともこの精神で勝って見せよう。僕の芸術は貧しい人々に最もよく役立たねばならぬ」と決意するや否や、聾疾が暴威を振い始めた。彼は美を追求する真の芸術家の多分に洩れず、「永遠の女性」や「崇高なる愛」といったファンタジーを探し覓める流謫者であったがために、下界の恋愛は常に彼の魂を蹂躙する結果に了った。ロッシーニが流行するウィーン、俗衆は彼の雄大な大音楽には無関心で(「大衆の無関心こそ最大の賛美」とボードレールは言った)、彼は完全に孤独であった。息子同然に愛情を注いで養育した甥すら、彼を見棄てた。
だがベートーヴェンは、深い失意の中にあっても、他者に対して自身を弱く見せるような真似を峻拒した。それどころか、他者のために生きようとした。
「ほとんど乞食をしなければならないほどになっているが、困っていないかのようなふうを装わねばならぬ」
「忍従、自分の運命への痛切な忍従。お前は自己のために存在することをもはや許されていない。ただ他人のために生きることができるのみだ。お前のために残されている幸福は、ただお前の芸術の仕事の中にのみ有る。おお、神よ、私が自己に克つ力を私にお与え下さい」
ベートーヴェンは悲しみと赤貧の淵の底から歓喜を頌めようと企てた。「第九」はロッシーニに熱中するウィーンの俗衆をすら圧倒した。ベートーヴェンの偉大さ、それはナポレオンに比肩する意志の力である。ベートーヴェンの天才は人類の歴史の常に逆らい、有史以来の例外として、その意志の力によって凡庸を征服せしめたのである。
「人格が偉大でないところに偉人は無い。そして彼らが力強さによって偉大だったとすれば、それは彼らが不幸を通じて偉大だったからである。だから不幸な人々よ、あまりに嘆くな。人類の最良の人々は不幸な人々と共にいるのだから。その人々の勇気によってわれわれ自身を養おうではないか」 ロマン・ロラン
上に記したロマン・ロランの言葉は「思い悩むな」の福音と同じい慰めを、私に与えて呉れる。
【連休中に見たい映画リスト】
・バリー・リンドン(1975)
・ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(1984)
・不滅の恋/ベートーヴェン(1994)
・リトル・ダンサー(2000)
・プラダを着た悪魔2(2026)
次にブログを更新する時には、白衣の主日の祝詞と、過日、表参道のサロンで拝聴した黒木雪音女史のモーツアルト・ロンド kv.511に就いて、腹蔵なき賛美を書き連ねるのだらうと思つてゐた。
だがよく言はれてゐる通り、人の世は婉然と朝露の如く定めなきものである。諸行無常、是生滅法、聞いて驚く人も無し。
世俗に媚びて雲介文法を用ゐる気はつゆも興らぬ。今朝まだき、母がa型大動脈解離で倒ふれ、6時間に及ぶ手術の末に、意識不明だと報を受けた。
刹那の衝撃、だが飽くまで冷静沈着。仮に私の側に誰かゐて、報告を受ける私の姿を目撃してゐたとしても、私の狼狽は悟られなかつたに違ひない。シャワーを浴びて髭を丹念に剃る。肌を整へ、ペンハリガンの香りを身に纏ひ、ディプティックのサテンオイルで整髪する。行李に数日分の服を詰める。荷の中にはクリーニングされた礼服と、父方と母方どちらの仏式に則るか読めなかつたから、浄土真宗と臨済宗、それぞれの数珠が入つてゐる。これがダンディの悲しき性である。
私は、母に死の影が迫る中で自分がかく冷静なのは何故か、分からなかつた。私が帝国軍人の曾孫で孫だからか、私がクリスチャンだからか、それとも私の感受性が粗末で、状況把握に時間を要してゐるだけなのか。
以前新聞で、阪神淡路大震災で両親を倶に亡くした男の話を読んだことがある。男は最愛の両親の訃報に接した時も、葬儀の間も、一条の涙さへ流さなかつた。だが数年ののち、通勤する列車の中で、突如として泣き崩れたのだと言ふ。
タクシーが到著した。出かける間際、私はおもむろに聖書と卓上の十字架、そしてロザリオを、ジャケットのポケットに仕舞ひ込んだ。護国寺から首都高に入る。両手にはロザリオ、車窓には東京カテドラルの鐘楼。夜来風雨の声は幻聴であつたかと怪しませる牢晴は実に不気味で、そして不快だつた。
東京驛日本橋口から、停車中の新幹線の自由席に飛び乗る。聖書を紐解いたが、こういふ時にどの箇所を読めば良いのか、皆目検討がつかぬ。ルカ傳福音を五章まで読んだが、結局ロザリオの祈りへと移つた。道中、主に三環を捧げ奉る間、私は考へた。
私に無償の愛を注いで呉れたのは祖父と母だつた。祖父は数年前に死んだ。そして恐らく母も死ぬ。この世に、私を愛して呉れる人間は、唯の一人も居なくなるのだと。
主よ、母を今暫し現世に留め置き給へ。されどそれが叶はぬならば、母の苦痛を、とく取り除き給へ。
扨て、仕事をしなければ。

清明と同時に復活節を迎えている。今年はどうも桜に避けられた。過日の桜下茶会(趣向は伊勢物語)では、庭の枝垂れ桜は未だに蕾であったし、リラクタントな恋人(うんざりする)を伴って訪れた小石川植物園では、当然乍らソメイヨシノはとうに盛りを過ぎていた。私は桜の散る姿は好きだが、葉桜を美くしいとは思わない。係員の話では、花は3月30日に見頃を迎えたらしいが、その日、私は春遠きフランスにいたのである。
いつだったか、フランス人と好きな季節について話したことがあって、私が冬こそ一等だと答えると、彼は意外な顔をしたのであった。今になって得心する。冬のフランスは全てが灰色で、あまりに長い。好きになれよう筈もない。
無論、黒の外套を着用して、石造りの瀟酒な街並みをコツコツと歩きゆくことには、はじめ数日間は興趣も覚えよう。だがいてつく厳冬のこと、体を緊張状態で酷使すれば、あっという間に肩と腰がやられ、その痛みに気も滅入ってしまう。そんな状態が数ヶ月も続くのだ、酒と文学がなければ、みな精神病に罹ってしまう。尤も、信仰や芸術の糧となる瞑想に耽るには、よい季節だと思うが。自省の四旬節が冬に、悦びの復活節が春に照応することは、決して偶然ではない。
閑話休題、何が言いたいかというと、我が国において春は曙、さんさん桜の時期に、敢えてフランスに送られたことに対する、不正の告発である。

フランスはリールを訪れた。シャルル・ド・ゴール空港からTGVでベルギーの方向へ1時間ほどの距離にある人口20万人ほどの中核都市であるが、グラン=プラスを中心に鐘楼、劇場、市場からなる旧市街が広がる様子は、パリとは趣を異にした、フランドル地方の古都といった塩梅である。そのアイデンティティを証するかのごとく、リール宮殿美術館においては、フランドル出身の画家の作品が数多収蔵。ルーベンスもその一人である。

食事は17世紀にリールで創業したコンフィズリーMéertの併設レストランで頂いた。ここのカルボナード(牛肉の黒ビール煮)は、言うまでもなくフランドルの郷土料理でビストロの定番メニューであるが、これがおおよそ今まで頂いたカルボナードの中で、最も上品な味わいであった。

教会については、醜悪なリール・カテドラルは放っておいて、リール・フランドル駅の近く聖モーリス教会である。時折しも聖週間に、14世紀以来の森厳なる大伽藍で祈る時間を与えられたことは、誠に有り難いことである。祭壇の前に、喜んで跪く。左右に鎮座する石灰岩の彫刻は何の場面を表しているのだろうか?恐らくは最期の晩餐(エマオの晩餐にも見えるが)とゲツセマネの祈り。聖週間そのもの。こうした偶然もまた、恩寵である。

帰国後の東京春音楽祭、N響による演奏会形式の『さまよえるオランダ人』、新国立でグランドオペラを観るよりよほど満足感があった。春宵一刻値千金とはこのことを言うのだろう。

なんて破滅的な人生だろう。
復活前晩、教会には行かず、聖書も紐解かず、寂しさ空しさを紛らわせたい一心で、Tinderを開いて只管に指をスワイプ。
心が麻の如く乱れ、頭の動きは鈍り、苦しい日々を過ごしている。
こういう時に軽挙に出てはならない事を、私は経験から学んでいるから、堪え忍びたい所であるが。
神は無意味なものを創造されない。だから私が感じている負荷にも必ず意味はある。...都合よく神を持ち出すあたり、いくら退廃を気取ってみても、私の根本にはカトリシスムがある。
信仰に立ち帰って見ようか。そう思えたのは、御主御復活の効験ではなかろうか。
本日は桜下の茶会、その後で良いから、教会に寄ってみようか知ら。
彼岸西風が吹く季節、暦は進む。桜下茶会のために誂えた着物が仕上り、袴の十文字結びに難儀し乍らも、その着用の日を愉しみにしている素直な私が居る。
ロジャー・ミッシェル監督作。昔見た覚えがあったが、日記を遡って確認してみた所、ほんの2年前の出来事である。当時と今とを比較して私に生じた最たる変化は、恋人の存在だと思う。恋人の有無によって、こうしたロマンティック・コメディの見方というのは大分違って来るのではないか。
ヒュー・グラントが演じるウィリアムはノッティングヒルで旅行書専門店を営んでいる。決して裕福とは言えない。対してジュリア・ロバーツが扮するアナはオスカーを受賞するハリウッド女優。作中でウィリアムはアナに恋しつつも、気後れを感じて苦しんでいる。"With you, I'm in danger" という台詞は私の胸を搏った。私の恋との類似を見たからである。
だがこれに対するアナの心境の吐露こそ、全ての男子が心すべきことだと思う。
"The fame thing isn't really real you know, don't forget that. I'm also just a girl, standing in front of a boy, asking him to love her".
恋の対象が己の眼にいかに高嶺の花と映じようとも、それに彼女の歳がいくつであろうと、彼女は1人の、甘いものが大好きな「女の子」である。笑い、怒り、悲しみ、喜び、恋をする。このことを見失っては、幸福な恋愛はできないだろうと思う。
以下補足。ノッティングヒルは映画では貧しい移民居住区のように描かれているが、実際には東京で例えると代官山のような所で、住んでいるというだけでupper-middle以上と見做される場所、いづれにしてもいけ好かない街である。
ダウントン・アビーを何話か見た後での鑑賞であったから、グランサム伯爵もといヒュー・ボネヴィルの登場、しかもとんだ俗物を演じているのは興だった。
また英国映画らしさとして、会話途切れの気まずさの再現や、最後のブラウニーの一切れを巡って「惨めさ」競い合うをするシーン、ベジタリアン・障害者をジョークにする余裕など、全体に英国流のミゼラブルな皮肉が効いている。それにヒュー・グラントのRPには惚れ惚れする。彼はオクスフォードの出身、リアルな『モーリス』なのである。

一条戻橋の河津桜が咲き誇る頃に京都を訪れることが、毎年の恒例行事となっている。
旅には洋服の註文など季節の用事を済ます事以外にさしたる目的はなかったが、強いて言うなら目ぼしい黒楽茶碗を見つけたかった。
まず楽美術館に行き、どういった品が私好みなのかを探る。晩年の四代楽一入の様な、長次郎回帰と言うか、小ぶりで収まりのいい茶碗が上品で可い。それに一入の黒楽「嘉辰」の朱釉によってぼんやりと発色する朱色には、美を感じた。これを探す。
茶碗を求め、まずは皇室の菩提所で御寺と呼ばれる泉涌寺を訪れた。この辺りは青窯会会館もあって窯元が多い、といっても清水焼のであるが。その後で清水にも行った。外国人観光客ばかりの人混みに堪えて行路したのに、茶碗坂の個人商は少なくとも表には佳品を出しておらず、骨折り損。
結局、優れた楽茶碗が欲しければ、市内の敷居の高い茶道具店へ行くのが手っ取り早いのだと思う。あゝ、彼女のために、無理して茶碗の目利きになろうとしている自分が居る。面白くない事実の発見である。
さて私の趣味の時間。春夏服の註文をしに三条東洞院、馴染みの仕立て屋へ。今季はネイビージャケットとホワイトパンツを誂える。ありふれた組み合わせなればこそ、生地の良さと、ディテール細部に工夫を施し、有象無象との差別化を図らなければならない。
イタリー製の、番手が高くシルクに見まがうような高貴な濃紺に、生成りでない純粋な白の生地を選んだ。一般的なシングル2つ釦にするが、ラペル幅を9cmとってパリジャン・ラペル風にし、袖口釦は2つとする。万平ホテルのテラスで婦人と談笑する紳士をイメージした装いである。
南禅寺の麓、山縣有朋の旧別荘である無鄰菴にも行った。和歌をよく詠む繊細な心の持ち主であった彼は、造園で見せた注意力もひとしおであった。東山借景一千坪の庭、琵琶湖疏水から安定して供給される流水に、一見「京らしくない」苔を排した芝庭。東山を主役に、躍動感の溢れる、かといって鄙びている訳ではない、洗練された茶人の庭である。彼のように教養と美意識を持つ為政者を得た明治という時代は、なんと幸福であったのだろう。
夜は連日、旧友と酒を酌み交わした。