Mon Cœur Mis à Nu

「美」というものは「藝術」と人間の霊魂の問題である

20260824日記_信濃追分の古書肆にて

晴。暑し。宵に驟雨あり。朝方まで齋藤磯雄の彫琢された美文に酔い痴れて晏起。朝食を逃す。郵便局に行き母へ絵葉書を送る。旧軽井沢中央通の俗悪なこと東京に勝る。群れているのが鄙者な分だけタチが悪い。アホ面の中国人、汗臭い植民地民族も多く、魔境の如くなり。だが軽井沢はもともと外国人のために拓かれた土地であった筈、エトランジェは私の方だと自分を慰める。

堀辰雄の愛した土地、追分に逃げる。しかし暑い、日差しを遮るアカマツの類もまばらで、高原に来た甲斐が無い。しかし追分には美味いラーメン屋と、店主の趣味か堀辰雄の効験か、西洋文学に強い古書肆がある。しかしラーメン屋は臨時休業日であった。昼食も逃す。

幸いにして古書肆は開いていた。直感的に渡辺一夫の『曲説フランス文学』を手に取る。渡辺一夫のことは「不寛容と寛容」の問題提起などを通じて、フランス文学に関心の無い人間でも知っているが、本来の彼は16世紀のユマニスト、フランソワ・ラブレーの研究者である。

時は16世紀フランソワ王の御代、フランスは主権国家として教会の権威に挑戦しつつあった。その政策の一つとして、王はヴィレール=コトレの勅令、即ちフランス語の国語化を実施した。それまで売春婦の泣き言しか綴らなかったフランス語が、ラテン語に代わり詩を、小説を綴るようになった。まさにフランス文学の創生。この時期に『ガルガンチュア』を『パンタグリュエル』を書いたのがフランソワ・ラブレーなのである。

いかに「曲説」と雖も、岩波のフランス文学案内を書いているのが渡辺一夫であるから、正統的かつ既読感は否めない。だが日が傾くまで追分に留まり、暫し彼のモンテーニュ的な高談に心を傾けた。彼の文章は齋藤磯雄と対照的、預言者の強さはないが、無神論者の矜持に溢れている。

夜、旅館近くのシャルキュトリ専門店で本日初めての食事。美味いが値段に見合っていない。隣席の老紳士も同じ感想を抱いたらしく、私に代わりの旗亭を推薦して呉れた。

 

 

20260823日記_高楊枝

軽井沢に逗留している。宿の縁側の安楽椅子の上に腰をかけ、というよりは寧ろ寝そべって、鬱蒼と茂る木の葉が雨音を弾く音を聴き乍らリラダンを讀んでいると、心身が休んでいる証拠だろう、現代人の膚浅に対するリラダン一級の諷罵に、ハハと無邪気な笑いさえ生じて来る。午后7時半に万平ホテルで夕食の席を取ってある。それまでは暫し、この読書療法を続けようと思う。

20260816日記

霖雨。聖霊降臨後第十二主日の弥撒に与った後愛人と寝る。私のペンハリガンと彼女のバレニア・アンタンス。このレイヤリングを漂わせながら過ごす日曜午后は、実に冴えない。

 

マンション向かいの精肉店の主人が長い療養から戻られるので、千疋屋で退院御祝を購入。その後は池袋のカフェで宵までリラダンを読んで過ごした。

 

虚しい。私はいつになったら、リラダンが言う「崇高なる愛」を体現出来るようになるのであろうか。笑止、理想を現実に呼び起こそうなど増上慢にも程がある。

 

シャルル=ヴァランタン・アルカンの「イソップの饗宴」。アルカンは猶太人なのが惜しい。

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キング・ヴィダー『戦争と平和(War and Peace)』1956

キング・ヴィダー監督作。トルストイ『戦争と平和』の映像化であるが、原作にたゆたう知性と品性はどこへ。筋書きを薄っぺらくなぞっただけの、ヤンキー共の猿芝居である。汚らしいアメリカ訛りが文字通り頭痛の種。本稿の読者は、3時間半をこの作品の視聴に費やすくらいなら、はじめからボンダルチュクの『戦争と平和』(1967)を見るといい。そして、ソ連と米国の文化程度の差に瞠目するといい。悲しむべきは、歴史の勝者はいつだって米国という、人類を巡るミゼラブルな現実である。

作中で何度か、ロシア帝国国歌『神よツァーリを護り給え(Боже, царя храни)』の旋律が流れたが、この曲が発表されたのは1833年のことである。ナポレオン戦争中に聞こえて来よう筈がない。こういった知性の欠如が、どうしようもなくグズなのである。

 

ブレット・ラトナー『天使のくれた時間(The Family Man)』2000

ブレット・ラトナー監督作。ニコラス・ケイジとティア・レオーニが出演。ラトナー監督は最近『メラニア』(2026)という共和党のプロパガンダ映画を撮っている。

ニューヨークシティの遠景に映るワールドトレードセンターの退屈な姿が印象的。WTCは竣工が1973年、崩落が2001年。この二十余年間のアメリカは決してハッピーではなかったろうが、現代アメリカの頽廃を観察する身からすれば、まだアメリカンドリームの素朴さが通用する「丘の上の輝く町」であったと、惜しい気持になる。

WTCへのテロリズムがネオコンに力を与え、それへの反動として弱きオバマ政権が生まれ、またそれに対する反動としてトランプ現象が生じたとするならば、現代米国を揺るがしている大シスマの起源をWTCの崩落に求めるのは、一つ道理のある議論だと思う。

この映画が有する米国的楽観主義が私の欠陥を指弾して呉れる。シティのレストランでジャックとケイトが互いを頒ち合ったように、恋人の存在を絶対と認識し、愛を深め合うことができるならば、他に何が要ろうか。愛のない「完璧な人生」など欺瞞に過ぎないのである。

 

 

 

 

クロード・ルルーシュ『愛と哀しみのボレロ(Les Uns et les Autres)』1981

私は、クロード・ルルーシュの映画を愛することのできる人間を、愛したいと思う。

 

昨日のこと、6年ほど通って漸く言葉を交わすようになった寿司屋の主人に言われた。「いつもピシッとしてるんですね」。主人が6年間、私に対し「ピシッと」した人だという印象を抱き続けていたいう事実を今更ながら知るのは、何となく滑稽であった。

うだるような暑さの中、主日ミサに与るため新富町でメトロを降りて、百日紅の咲く築地川沿いを教会へと向かって歩いた。ミサ曲は11番オルビス・ファクトール、クレドは3番、マンネリである。聖母被昇天の祝日を控えているのだから、クム・ユビロでよかったのに。そんなことをひとりごちていた所、神父様が説教で我々の「自己中心主義」を戒めた。

 

さて、『愛と哀しみのボレロ(Les Uns et les Autres)』(1981)はクロード・ルルーシュ監督作。原題を直訳すれば「ある人々、他の人々」、少し意訳すれば「交叉する人々」といった所だろうか。何年も前から見たいと思っていた。そのためにロサ会館のTSUTAYAに問合わせてみたり、長野県は上田市の古劇場で上映されるという情報を得ては信濃行を企ててみたりしたのである

私は1番好きな映画を尋ねられれば、やや逡巡してルルーシュの『男と女』(1966)を挙げるのが常だが、本作は恰もロマン・ロランの大河小説を完璧に映像化して見せたような壮大さで、少なくとも芸術の一表現様式たる「映画」としての完成度は『男と女』を越えている。これまでの映画評価基準の見直しすら迫られるほど、★5では足りない人間賛歌である。

個人の人生を注意深く追いながら、その死を劇的に描かないのがよい。これは意図されての抑制である。というのは、人はみな、紳士だろうと乞食だろうと、一篇の映画では叙述しきれない長大なストーリーを生きている。だが戦争においては、人はただの「数字」としてあっけなく死んでいく。ルルーシュは死を敢えて簡素に描くことで、戦争の「非人間性」を逆説的に指弾していると言っていい。この技法と精神面における円熟さが、流石はヌーヴェル・バーグの巨匠なのである。

更に突き詰めれば、ルルーシュのよさは畢竟その楽観性にある。悲痛な人間のドラマを描きながらも、大局から見た人間性に対する信頼とそれに根ざす不思議な軽快さが心地よい。結局、人の心を動かし得る人間とは、人の苦しみを知るオプティミストなのだろうと思う。Durch Leiden Freude(苦悩を突き抜けて歓喜に至れ)、これはベートーヴェンの言葉である。

 

ああ、私はクロード・ルルーシュのよさを理解してくれる女性と結婚したいと思う。神父様、これも私の自己中心主義でしょうか。

ジャン=リュック・ゴダール他『パリところどころ(Paris vu par...)』1965

炎天溽暑。晏起して昼食にはガスパチョとフロマージュ・ド・テートをグリビッシュソースで頂いた。

新宿青松園で和敬板を買ったあとで、神保町に最近できた「シネマリス(Cinemalice)」まで出かけた。しょうもない名前だが良い場所にある。古書肆街からほど近く、アテネ・フランセ、エディタースクール、山の上ホテルがあるこの界隈には、私にも懐かしむべき思い出が一つ二つとある。それは「夢」の思い出である。若い私はフランスに想いを馳せることを許される境遇にあった。未来に希望を抱いていた。今とて未来を100%悲観している訳ではないが、それでも当時のようには夢を見られなくなった。

 

6人のヌーヴェル・バーグの監督によるオムニバス作品。パリのさまざまな街を舞台とした短編物語集であるが、私が見た版では、サンジェルマン・デ・プレ(ジャン・ドゥーシェ)、パリ北駅(ジャン・ルーシュ)、サン=ドニ街(ジャン=ダニエル・ポレ)、エトワール広場(エリック・ロメール)、モンパルナス(ジャン=リュック・ゴダール)、ラ・ミュエット街(クロード・シャブロル)の順であった。

60年前の映像とはいえ、パリの街は大きくは変わっていない(称えるべきことだ)。ゆえに私にとっては、さながら思い出巡りのように愉しめた。それぞれどう言った街であるかを説明すると...

サンジェルマン・デ・プレは旧いパリ、真の芸術家の街である。
パリ北駅は労働者の街。今では黒人が群生しスラム化している。
サン=ドニ街は歴史ある下町、娼婦の街。
エトワール広場は凱旋門、それ以外に何もない。
モンパルナスは新しいパリ、ボードレールが眠る気骨ある街。
ラ・ミュエット街はプティ・ブルジョワ(小市民)の街、世田谷をイメージしてほしい。

大方こんな感じである。物語にそれぞれの街の性格が反映されているのが面白い。いずれも佳作、突き抜けた作品はない。だが強いて順位をつけるのならば、「サン=ドニ街」が軽快さのなかに深みもあって、素直に愉しめただろうか。他が生活の悲惨や世のつれなさを描いている中で、唯一楽観的な作品だった。気が強そうな姉御肌の娼婦と、おどおどしていかにも冴えない感じのする皿洗いの青年、二人は意外に馬が合う。

やはり世の中、食わず嫌いは損をする。

 

20260806日記_貧乏人のアスパラガス

 

この世には私たちが恐れているだけのもののほうが実際に私たちを押し潰すものよりも多く、私たちは事実よりも思い込みのために苦労することが多い

セネカ『倫理書簡集』

 

 

晴、驟雨あり。悲観と厭世が愈々募り千憂散ずる方もなく途方に暮れているが、敢えて前向きな日記を書きたい。

 

近頃東京ではオホーツク海高気圧の影響で過ごし易い日も多く、殊に黄昏の時間には、私の住む雑司ヶ谷にも涼風が吹いて来るので、一寸鬼子母神や霊園まで散歩に出かけて、夏の本来の美くしさに感じ入ったりしている。

 

昨晩茶道教室へ行くと、襖が簾戸(すど)になっていて、外から吹き込む夜風に蚊取り線香のノスタルジックな香が乗って、何とも懐かしい気持にさせられたのであった。「夏は夜」とはよく言ったものである。茶箱の「陣中点て」を稽古した。そういえば終戦の季節でもあるのだ。

 

本日の昼食はポワロー・ヴィネグレット(ミモザ風)とポワソン・ドゥ・ジュー。ポワローとは西洋ネギのことだが、茹でたポワローにヴィネグレットソースを和えただけのこの簡素な前菜は、季節を問わず食べられるパリ一般家庭の定番料理で、「貧乏人のアスパラガス」と呼ばれ親しまれている。「貧乏人」と日本語で書くと何だか哀れな感じもするのだが、フランス語でL'asperge du pauvreと言えば、何だか洒落た感じもする。そもそも西洋圏においてpauvreという単語はそれほど否定的ニュアンスを持たないが、それは当然、キリスト教の規範の影響であろう。天使祝詞曰く、"Priez pour nous pauvres pécheurs(罪深い私のために神に祈ってください)"。ラスペルジュ・ドゥ・ポーブルはキリスト者の食事である(こじつけ)。

 

憂いを散ずるために必要なのは祈りと仕事である。友が居れば尚良し。

メーテルランク『ペレアスとメリザンド(Pelléas et Mélisande)』1892

君よりも千倍も、僕を愛してくれるこの髪

 

かれらがついに合一をとげ得ないのは、充足が夢の本性に悖るからである

 

グスタフ・レオンハルトによるバッハの旋律が、私の魂を高めて呉れた。音楽がこのまま私を彼方に連れ去ってくれたら。

帰宅後もあれこれと音楽を聞いていると、モーリス・メーテルランクの戯曲を底本とするドビュッシーのオペラ、『ペレアスとメリザンド』に辿り着いた。

杉本秀太郎氏の翻訳が、湯川書房から単行本で出ている。表紙絵はビズレーによるものだと説明があるが、本当にそうだろうか。たしかに耽美的ではあるが、ビズレーよりも軽やかで瑞々しい。ビズレーの贋作で結構。私は人々に『ペレアスとメリザンド』を、ビズレーの絵の如くな、淫靡で地獄の沙汰とは読んで欲しくはない。この戯曲の主題は不倫などではなく、魂の繊細さである。

本は2022年に神保町の澤田書店で購入した。

メリザンドもペレアスも、それぞれの口実で、なぜ城を離れようとしたのか。今の私には分かる。二人は意識的なり無意識的なり、互いを愛してしまうのを恐れたのだ。それで、涙を流していたのだ。光を見ながら、涙を流したのだ。

メリザンドとペレアスは魂が通じ合っていた。魂が通じ合っている者同士にしか了解できない言葉がある。これほどに美くしく高貴なる愛の物語を読むと、いよいよ俗悪な恋人に、嗚咽がでる程に嫌気が差して来る。それはただの一度も、私に対して誠実では無かった女。ゴローにとってのメリザンドであるのだ。否、駄目だ。あんな俗悪な女を、メリザンドになぞらえるのは間違っている。

この戯曲は1893年5月にパリで初演された。メリザンドを演じたのはサラ・ベルナール。ドビュッシーはこの戯曲に惚れ込み、十年以上の歳月をかけてオペラにした。

 

 

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