Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

Diary

ネルヴァル『オーレリア(Aurélia ou le rêve et la vie)』1855

睡眠薬をもらう為医者に掛かる。薬さえ手に入ればよいのに、何故医者を介する必要があるのか。詮なき事だ。私の尊大な自尊心は、懊悩や孤独を喋喋と口にすることを決して肯じない。こうして文字におこすことはできるのだが。『ペンは弁より強し』。損な性分…

20221117日記_オペラ『ボリス・ゴドゥノフ』鑑賞

彌早、今宵のオペラも酷かった。新国立オペラは屡々私を失望させる。現代に於る鹿鳴館の猿共め。ムソルグスキーの音楽は良かった。オーケストラは及第。だが歌手、演出。これらが低劣極まる。歌はピーメン役を除いてあまりに貧弱。演出は軽佻浮薄で貧乏臭い…

20221112日記

先づ往きて、その兄弟と和睦し、然るのち來りて、供物をささげよ。(マタイ傳5:24) 疎遠になっていた友人に対し、吾が非を謝して再度の交流を求めた。聖霊が私に勇気を与えてくださった。感謝すべき哉。 私は実践的カトリックで在りたいと思っている。私は聖…

20221105日記_東京カテドラルにて

人々を強ひて連れきたれ (ルカ傳14:23) 晴れ、よい心地。朝、京都から紅茶が届く。ルフナ地方のルンビニ茶園のもので等級はFBOPF、Flowery Broken Orange Pekoe Fannnings。午餐はフランス料理屋で、Inada fumé、Clepinettes de porcを注文。その後で東京カ…

20221030日記_Meine Ruh ist hin

落ち着きは消え去りて 我が胸のいとおもし 『ファウスト』 御ミサに調和が見出せず、悲しくて、思わず途中でふけてしまった。十字架の影が射した我が心、カトリック以外の何者にも為りはすまいてふ気持に変わりはないが、イエス様は我が信仰薄きをお咎めにな…

20221023日記_イエズス・キリストはお隠れになる

晴れ。主日ミサののち教会の掃除。ビストロで食事を済ませ、秋闌ける小石川植物園を訪れる。篠懸樹の葉隠に憩いて、微睡みながらブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴く。私の通った小学校に篠懸の森があったことを想い出し、郷愁に似た感情を抱く。暫し陶酔。…

20221022日記_びいどろつくりとなりてまし

晴れ、小春日和。昼餉はいつものフランス料理屋で、イナダのマリナードとポークのカシス煮込みを注文。向かいの席に容色麗しき人あり。嘗て恋した人に似つ。夜は誘いを承け、丸ビルのサロンで催された音楽会に出席。 萩原朔太郎の詩に三善晃が曲をつけた『抒…

20221013日記

つまらぬ、精神を消耗する、だが私に糊口を許す有難い仕事を終えて帰宅。郵便受けに神からの祝福。 かねてより垂涎していた書物、『リラダン=マラルメ往復書翰集』森開社, 1975が届いた。森開社というのは仏文学を専門とし奢侈な装幀で有名な道楽の出版社で…

20221005日記

眠れぬ為日記をつける。 小雨、過し易い。フォーレのレクイエムを聴く。近頃政治が煩いが、私にとって国家など、偶然に生を受けた土地以外の何でもないから、どうなってくれても構わない。喩えこの国の輿論が寛容を喪い、我々に対して(つい80年前の様に)攻撃…

20221003日記

神は、言葉でもなく、象徴でもなく、抽象でもなく、恰も我々が、我々を愛し、識り、理解する父と暮らすように、魂が相共に暮すところの存在である。 その情緒は極めて甘美にして強烈であるから、一度それが去ってしまうと、それはもはや、それよりも強度の低…

20220923日記

眠れない為日記をのこす。曇り、忌々しい夏も過ぎた。颱風が近いとのこと。主日ミサ行けるだろうか。 昼頃、注文していた略礼服が仕上がったというので、銀座まで取りに出掛ける。シングル、3つ釦1つ掛の所謂段返り。ウェストコートも同じくシングルで襟付き…

20220910日記

晴れ。 眠れないため、日記をつける。特筆事項もないのであるが徒然なるままに。午餐をせず(近所のフランス料理屋がバカンス中であることが主たる原因)、ひねもす読書に耽った。ルカ傳福音と、リラダンの『奇談集』と『新世界』。 読書の間、紅茶を3回淹れ直…

20220903日記

銀座まででかけて、ジャケットを新調。生地は伊太利製の黒無地。ダブルブレステッド、黒水牛の6つ釦3つ掛(ここが重要)。ピークドラペルに、サイドベンツ。型紙から作成して頂くから、納品に時間がかかるとのこと、問題ない。

シベリウス『交響曲第4番イ短調』1911

www.youtube.com 演奏会に初台まで出掛ける。演目はエルガーのヴァイオリン協奏曲とシベリウスの交響曲第4番イ短調。シベリウスの第4番を通して鑑賞するのは初めてのこと。古典的形式美を誇る前半のエルガーとは好個の対照を為しており面白かった。暗晦とか…

20220829日記

信仰とは人生の防波堤である。マストを折られた人間が平和に座礁していられるための。

20220816日記

晴れ、沛然と降る夕立ちあり。変わらず暑い。山梨県立美術館まで出かけた(大変な遠出!)。ここはミレーはじめバルビゾン派のコレクションで有名なのである。17の頃か、NHKの特集か何かで存在を知った。以来いつか訪ねたいと思っていた。観賞。「種蒔く人」が…

20220703日記

曇り、暑い。やや朝寝坊、少し遅れてミサに与る。いつものフランス料理屋へ。マダムが御病気になられたとか。全快を願って已まない。ヴァイオリンのレッスンの後、伊勢丹へ。マダムに贈る見舞の品を物色、購入。他に用はないのですぐ帰宅。マーラーの交響曲…

20220620日記

恐らく「恋愛」は生物学者にとって<粘膜の問題>に過ぎず、「女性」は蕩児にとって快楽の道具に過ぎず、「結婚」は西欧の政治家にとって人的資源の向上に過ぎまい。併しながら詩人にとって女性とは、「完璧」の幻であり、恋愛とは「祈禱」であり、婚礼とは「…

20220611日記

いつものフランス料理屋、が混んでいて入れなかったので、近くのイタリア旗亭へ。食事後東京オペラシティまで音楽会に出かける。シューマンの第3番と第4番。式は飯守氏、細かい指示を与えているのか、手の震えが止まらないのか。御年の所為か、譜面を捲るの…

20220514日記

いつものフランス料理屋で食事した後、バラを観に音羽まで出掛けた。連日の雨で幾らか色褪せてしまってはいたが、何も花が美くしいのはその盛りの時期に限ったことではない。「花は盛りに、月は隈無きをのみ見るものかは」と。帰宅後、マーラーの第1番と第5…

20220422日記

晴れ。暑い。伊勢丹で靴を買う。 絲の如く 麻の如く尠くとも(すくなくとも)holocaust 燔祭(はんさい) 猶太人虐殺の意で使われるが、原義は生贄を火焙りにして神に捧げる行事のこと。いや、同義か。ゆくりなく 思いがけなく、突然に心緒(しんしょ) 心の中で思…

20220415日記

雨。ロシア国防省発表をすべて信憑性ないものと看做す一方、ウクライナ大統領府の発表をすべて真実と看做すかのような発言しかできぬ、雲助馬丁にも劣る理性しか持合わせない無教育な連中を軽蔑する。

20220410日記_齋藤先生を訪ねて

小石川にある伝通院を訪ねた。かの地に眠る齋藤磯雄先生に手を合わせるため。後楽園から坂を上がった。陽春の候、額に汗が滲む。夏は近い。窓から生い茂る緑を眺めているだけで済むのならば、夏は好きなのだが。墓の場所は知らなかった。案内に尋ねればよか…

2022.03.13日記

「ブラームス室内楽マラソンコンサート」なるものに、東京オペラシティまで出かける。文字通りブラームスの室内楽曲を10時間聴き続けるというコンサート。玄人好みだ。 ピアノ三重奏曲第1番ロ長調ピアノ三重奏曲第2番ハ長調ピアノ三重奏曲第3番ハ短調ホルン…

20220305日記

花粉がひどい。シティフィルの演奏会に行く。演目はドヴォルザークのチェロ協奏曲と、ブラームスの交響曲第1番。シティフィルは相変らずこじんまりとしたオーケストレーションだったが、ブラームスなので愉しかった。

2022.03.02日記

「幻想」が何處から始まり、「現実」が奈邊に存するか、何ぴとも之を知るはない。

2022.02.27日記

東福寺へ行く。やはり臨済宗の寺は落ち着く、通天橋を渡りたかったが、袴姿と振袖姿の男女が撮影をしており諦めた。 京阪に乗り三条を経て蹴上に向かう。そこからはいつもの散歩道。南禅寺、哲学の道、法然院。「奥丹」で昼餉を取る予定だったのであるが、蔓…

2022.02.19日記

シティフィルの演奏会に、初台まで出かける。 ディーリアス(フェンビー編): 2つの水彩画吉松隆: チェロ協奏曲「ケンタウルス・ユニット」ヴォーン・ウィリアムズ: 交響曲第3番「田園」 すべてはじめて聴く。「2つの水彩画」は語るに足らぬ。吉松のチェロ協奏…

2022.02.11日記

今日は都響の演奏会に六本木まで出かけた。曲目は以下の通り。チャイコフスキー:『エフゲニー・オネーギン』の「ポロネーズ」グラズノフ: ヴァイオリン協奏曲 イ短調チャイコフスキー: 交響曲第4番 ヘ短調 みての通りロシアのロマン派音楽で統一されたレペト…

2022.01.30日記

東京文化会館に『イル・トロヴァトーレ』を観に出掛けた。藤原歌劇団による公演。お世辞にも「良かった」とは云えぬ。歌手の声はオーケストラの音にかき消されてしまっていた。つまらなかった。