Mon Cœur Mis à Nu

But, darlings, the show must go on.

Films/Dramas

スタンリー・キューブリック『バリー・リンドン(Barry Lyndon)』1975

スタンリー・キューブリック監督作。パリ・カルチェラタンの小劇場での上映を見逃して以来、久しく見たかった作品。 舞台はジョージ三世時代の英国。ヘンデルのサラバンドと決闘の場面とによる幕開けが如何にも18世紀的。蝋燭の火だけを頼って撮影したという…

スティーブン・ダルドリー『リトル・ダンサー(Billy Elliot)』2000

スティーブン・ダルドリー監督作。イングランド北部の炭鉱夫の息子ビリー・エリオットがロイヤル・バレエのダンサーを目指す。 映画としては凡だと思うが、貧しい少年のサクセスストーリーに低評価を付ける気にはなれない。この映画における見所は、実は少年…

セルジオ・レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(Once Upon a Time in America)』1984

人が恥というものを心得ている限り、過去を顧みるという行為は、必然的に痛みを伴う。それは恰も、一身において検屍官と切り刻まれるモルグの遺体、相反する役を同時に引き受けることである。因果に逼るほど苦しみは弥増す。だが二十世紀経済学が証明した通…

ロジャー・ミッシェル『ノッティングヒルの恋人(Notting Hill)』1999

彼岸西風が吹く季節、暦は進む。桜下茶会のために誂えた着物が仕上り、袴の十文字結びに難儀し乍らも、その着用の日を愉しみにしている素直な私が居る。 ロジャー・ミッシェル監督作。昔見た覚えがあったが、日記を遡って確認してみた所、ほんの2年前の出来…

ジョー・ライト『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男(Darkest Hour)』2017

ジョー・ライト監督作。ウィンストン・チャーチルが英国を対ナチ徹底抗戦へと導くまでのドラマを描く。 私はチャーチルを尊敬している。というのも、ブレッチリー・パークの情報戦(ウルトラ作戦)を指揮する冷然さであったり、早い段階からソ連の拡張主義に…

小津安二郎『晩春』1949

小津安二郎監督作。出演は全ての日本人の父と処女、笠智衆と原節子のペア。私にとって笠智衆は父というより祖父である。優しいなかにも威厳がある。彼の「おい」という呼び声は祖父のそれそっくりで、懐かしさに涙を流しそうになる。 結婚適齢期にある婦人の…

ヴァレリオ・ズルリーニ『タタール人の砂漠(Il deserto dei Tartari)』1976

今月は東劇で『娘道成寺』が上演されるので、是非足を運びたいと思う。またベッリーニの『夢遊病の女』も、気が乗れば見ようと思う。 ズルリーニ監督作。ブッツァーティの同名小説の映像化。読書家にとってすれば、やはり小説を下敷きにした映画が一等面白い…

クエンティン・タランティーノ『イングロリアス・バスターズ(inglourious Basterds)』2009

伊勢丹に依頼していた傘の修理が済んだ。前に記事を書いてから何があったかと思い返して見る。金木犀をはじめ、名残の花の香は絶え絶えになり、揺落の季節に入らんとする折、私の目を引いたのは、花と見紛う程に紅の、ハナミズキの葉であった。 タランティー…

市村崑『破戒』1962

過日、仕事で関西に伺った折、シンポジウムに大学の指導教授も来ており話をした。「ところで君は美濃の出身であったね」と仰るので、そんな些事を覚えている学者の記憶力に感心しつつ、その問いの真意を尋ねた所、『破戒』の作者、島崎藤村の生まれた中津川…

ジャン=リュック・ゴダール『軽蔑(Le Mépris)』1963

「お金がいるでしょう」「なぜ、そう思うのです」「美くしい奥方をお持ちと聞いています」 死は物語の結末にならない。(フリッツ・ラング) 諸君は知識を求め徳に従うべく生まれたのである。(ダンテ『神曲』) ゴダール監督作、新文芸坐で鑑賞。BBことブリジッ…

ロベール・ブレッソン『白夜(Quatre nuits d'un reveur)』1971

晴、秋分。心地よい休日。丸の内でスエードの黒靴を買った、先日のフランネルスーツと合わせて着用する。 ロベール・ブレッソン監督作。早稲田松竹で鑑賞。最後にブレッソンを見たのは4年前、同じ早稲田松竹でのことだった。思えばこの名画座には随分と世話…

ソフィア・コッポラ『ロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)』2003

ソフィア・コッポラ監督作。"Lost in Translation" は言語による意思疎通の失敗を意味する訳だが、日本を訪れた2人の西洋人が遭遇したのは、言語の壁に留まらない、日本社会の異質さであった。80年代から90年代にかけて、日本の閉鎖的市場・保護主義政策を揶…

テレンス・マリック『天国の日々(Days of Heaven)』1978

テレンス・マリック監督作。パラマウント配給。音楽は『ニュー・シネマ・パラダイス』のエンニオ・モリコーネ、映像はトリュフォー、ユスターシュ、ロメールのお抱えカメラマン、ネストール・アルメンドロス。要は、職人の仕事である。 米国南部の労働者たち…

セルゲイ・パラジャーノフ『火の馬(Тіні забутих предків)』1965

晴、立秋を迎えている。このつまらぬ破滅的な生活はいつまで続くのか。 セルゲイ・パラジャーノフ監督作。原題ままに和訳すれば「忘れ去られた祖先の影(Shadows of Forgotten Ancestors)」となる。ウクライナの少数民族フツル人の美くしい青年の男女、イヴァ…

李相日『国宝』2025

晴、ここ数日は涼しく過ごし易い。 池袋東宝に、知人の誘いで今流行の映画『国宝』を見に出かけた。私ははじめ『海が聞こえる』のリバイバルを所望したのであったが。人混みに耐えて新作映画を見に行くなんてことは、恐らく高校生の頃以来だろう。一人では決…

フランソワ・トリュフォー『恋のエチュード(Les Deux anglaises et le continent)』1971

フランソワ・トリュフォー監督作。この頃はジャン・ピエール=レオが出演するトリュフォー作品の鑑賞が続いている。学生の頃から、トリュフォーは可成の数を見た筈だが、「お気に入りの監督」とはならない。彼は卓越した技能を有する職人で、音楽にも造形が深…

フランソワ・トリュフォー『夜霧の恋人たち(Baisers volés)』1968

フランソワ・トリュフォー監督作。相変わらず冴えないアントワーヌ・ドワネルの『大人は判ってくれない』『二十歳の恋』に続く3作目。原題は"Baisers volés"で「盗まれたキス」。昔の洋画にありがちな脈絡とセンスに欠けた邦題である。 モンマルトルの長階段…

ジャン=ガブリエル・アルビコッコ『別れの朝(Le Petit matin)』1971

ジャン=ガブリエル・アルビコッコ監督作、彼はヌーヴェルバーグの一人。アンテラリエ賞を受賞したクリスティーヌ・ド・リボワールの同名小説(1968)の映像化。音楽はフランシス・レイ。 映像に酔う。陶酔ではなく悪酔い、音がやかましい所為もある。随分後年…

フランソワ・トリュフォー『二十歳の恋(L'amour à 20 ans; Antoine et Colette)』1962

フランソワ・トリュフォー監督作、『大人は判ってくれない』に始まる、いわゆる「アントワーヌ・ドワネルもの」の2作目。 パリ、ローマ、東京、ミュンヘン、ワルシャワの5都市における『二十歳の恋』をそれぞれに描いたオムニバスの仏篇であるが、面白い企画…

ルキノ・ヴィスコンティ『異邦人(Lo Straniero)』1967

ルキノ・ヴィスコンティ監督作、カミュの『異邦人(L'Étranger)』(1942)の映像化作品。アルジェの人々がイタリア語を喋喋するのには違和感を覚えるが、多感なイタリア人の中にあっては、心ここに在らずのムルソーの異端さが際立って、反って良いかも知れない…

ジョー・ライト『プライドと偏見(Pride and Prejudice)』2005

ジョー・ライト監督作。ご存知ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』の映像化、キーラ・ナイトレイが出演。コリン・ファースが出演しているBBCドラマバージョン(1995)と比較して風刺がマイルド。それに男が女々しくなった。これも時代の趨勢だろうか。愚鈍…

20250404日記_桜

牢晴、小石川植物園へ。あはれをみなごに花びらながれ、か。彼女はをみなごと呼べる歳でなく、私とて薹が立つ齢であるが、私たちには一種の子供つぽさがある。多分私たちほど、清らかな面持ちで桜を見る大人はなかつた。桜は美くしかつた、世を見直す程に。…

クロード・ルルーシュ『愛よもう一度(Si c'était à refaire)』1976

クロード・ルルーシュ監督作。カトリーヌ・ドヌーヴに、アヌーク・エーメも出演、後者にとつては外れ役な気がした。 恋人が殺人を犯してしまつたが為に、青春を塀の中で過ごす羽目に陥つた女。出所後の人生に希望を残すために、彼女は子供を作ることを考へた…

ジャン・ユスターシュ『ママと娼婦(La maman et la putain)』1973

ジャン・ユスターシュ監督作。有名な作品なので、学生の頃から見よう見ようと思つてはゐたのだが、三時間半の大作に尻込みしてゐた。これほどの長時間、ヴィスコンティのやうな藝術作品であるなら耐へられるが、青臭い人生哲学を聞かされることは勘弁。 私は…

ジャン・ユスターシュ『ぼくの小さな恋人たち(Mes Petites Amoureuses)』1974

ジャン・ユスターシュ監督作。5年ぶりに早稲田松竹で鑑賞。映画館でみると、この映画が持つ繊細な色彩、柔らかいパステル色が際立つて良い。 冒頭に "Douce France" が流れる。 「懐かしい記憶が甦る。小学生の頃に黒の制服を着て歩いた通学路。声高らかに歌…

田中絹代『お吟さま』1962

田中絹代監督作。彼女は木下惠介『陸軍』1944で名演技を見せた女優である、映画を撮つてゐるとは知らなんだ。 利休の娘、堺の商人で茶人の万代屋宗安の妻であるお吟(名は創作らしい)と、高山右近との痴話である。利休関連の映画の中で最も程度の低い映画では…

勅使河原宏『豪姫』1992

勅使河原宏監督作。 この所続けて、茶の湯と関連する映画を観てゐる。今度は前田利家の娘、宇喜多秀家の正室豪姫と、古田織部とを中心に、蒲生氏郷、細川忠興、高山右近ら。豊臣から徳川へ、動乱の世に生きる茶人を描く。 茶人にキリシタンが多いのは、どう…

熊井啓『千利休 本覺坊遺文』1989

熊井啓監督作。三船敏郎が千利休を演ずる。ヴェネツィアの銀獅子賞。 利休居士の死後、洛北の山庵に遁世する本覺坊といふ弟子(架空の存在)が、織田有楽斎、東陽坊長盛、古田織部そして千宗旦と交流し乍ら、利休がどういつた気持で死んでいつたのか、に迫る物…

大島渚『御法度』1999

大島渚監督作。幕末の京都、新選組。美少年加納惣三郎の入隊。妖艶な美少年に乱される屈強なる男たちの心。しかし私の心に愬ふるものは無かつたかな。

勅使河原宏『利休』1989

勅使河原宏監督作。本物の長次郎(赤楽)、本物の織部。小道具の迫力がまあ凄い、それに負けぬ俳優らの迫真の演技も見事である。映像も音楽も幽玄で良い、敢へてチェロなのが良い。近頃はかういつた本格派の日本映画はめつきり減つたし、心を持つ日本人も減つ…