Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

泉鏡花『海城発電』1896

短篇小説。鏡花が描く非日常の世界に、読者は数頁のうちに取込まれる。

 

軍人が捕虜となった後帰還した赤十字の看護員を尋問する。
軍人は、支那兵相手に立派に己が職務を全うしてきた看護員を、非愛国的、国家の観念が欠如していると責めるが、看護員は意にも介さない。赤十字としてやるべきことをやり、それ以外は何もしないと云うのだ。ならばと、軍人は看護員の言葉を試すため、彼の面前で看護員と関係のある支那娘を冒すが、看護員は夙に受けた衝撃を面には出さず、厳粛にその場を辞したのであった。その場に臨席した英国の報道員は、海城からロンドンに向けて、電信を発した。

 

予は目撃せり。日本軍の中には赤十字の義務を完して、敵より感謝状を送られたる国賊あり。しかれどもまた敵愾心のために清国の病婦を捉へて、犯し辱めたる愛国の軍夫あり。委細はあとより。

 

軍人も、看護員も己が属する立場の精神に殉じる人間である。極端に走る2人の会話は、いつまで経っても相容れるところが無い。

この「極端さ」こそ、鏡花の小説の特色と呼べるものであろう。『外科室』もそうであったが、中庸さや円満な解決に、話は進まない。一切か無か!ここにも復た、ヴィリエ・ド・リラダンとの共通点を見出すことができた。