Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

2023-01-01から1年間の記事一覧

パリ紀行(2)_左岸

ホテルでトマという名のブルトン人と相識り合ったので、試しにヴィリエ・ド・リラダンを知っているか尋ねてみたが、知らぬと云う。 左岸を歩く。サン・フランソワ・グザヴィエ教会。ヴィリエ・ド・リラダンの葬儀が執行われた教会。 サント・クロチルド聖堂…

モーパッサン『脂肪のかたまり(Boule de Suif)』1880

モーパッサンによる自然主義文学の傑作。高山鉄男譯。短い紙面の裡に、動物的本能と利己主義との卑しき奴婢たる人間の、惨めさを描破する。文体は場面場面に居合わせた者の日記のよう。私は平生、自然主義文学は退屈する為読まないのであるが(惨めな人間と付…

パリ紀行(1)_ノエル

24日午後6時巴里市内に到着。En lui viens reconnaître, ton dieu, ton sauveur~♪ 至る所でカトリック聖歌集第113番『きたれ友よ(Adeste fideles)』の調べ。文章は後日加筆するとして、行動記録だけでも残して置きたい。 24日夜半降誕祭、サント・トニリテ教…

20231223日記

晴れ。愈々明日巴里に発つ。朝本棚を整理。午後ディンブラ・ケアネスの茶葉を使い切り、遺書を書いた。よし客死しても、悔いは残さぬように。

20231220日記_チェスターフィールドコートに就いて

忌まわしい事に眠れない為、件のチェスターフィールドコートに就いて書こうと思う。仕立屋がホームページで紹介をして呉れていたので写真を拝借。構わない、私のコートである。 チェスターフィールドコートは、英国で生れた王党派の外套である。シングルの比…

20231219日記

晴れ。 以前註文したチェスターフィールドコートの仕上りを閲するに、どうも裏地がよろしくない。十全無瑕の洋服を他人に仕立てさせるのは何と難しい事かと、改めて思う。だが抑々私の理想主義が良くない。この性質の所為で諸般の事を怪しむ事になる。神経は…

パトリス・ルコント『メグレと若い女の死(Maigret)』2022

晴れ、喜びの主日。入祭唱には『久しく待ちにし』が歌われた事だろう、欠席したから真偽は判らぬが。行きつけの仏蘭西料理店で食事。シェフとマダムに年の瀬の挨拶を済せた後、木枯らしが散した枯葉の上を逍遥し乍ら、来週に迫った羇旅の事を考えていた。旅…

ヤノット・シュワルツ『ある日どこかで(Somewhere in time)』1980

B級映画の名作、ファンは根強いと聞く。脚本、映像、衣装、家具調度すべてが浅薄低劣なのだが、それが逆に良いらしい。『シベリア超特急』略して"シベ超"みたいなものだろう。 対照的に、クリストファー・プラマーを咬ませ犬に起用するという、不思議な奢侈。

パトリス・ルコント『仕立て屋の恋(Monsieur Hire)』1989 

見了えた後に良かったと感じても、二度と見直す事のない映画がある一方で、ふとした時に(それは大抵さよ更ける頃の衝動だが)、何度も見直してしまう映画がある。 私が後者に挙げるのは、例えば『男と女(un homme et une femme)』、『鬼火(Le Feu follet)』、…

セルゲイ・ボンダルチュク『ワーテルロー(Waterloo) 』1970

イタリアとソ連の合作映画。セルゲイ・ボンダルチュク監督作。皇帝ナポレオンとウェリントン公爵、両者の司令官としての矜持が描かれる。 ソ連軍の協力の下、恐らく何千何万というエキストラを使って撮影した合戦のシーンは流石に見応えがある。CG頼りのお粗…

リドリー・スコット『ナポレオン(Napoleon)』2023

先日公開のリドリー・スコット『ナポレオン』を池袋東宝で鑑賞。全篇英語故に"Long Live the Republic!"や、"Long Live the Emperor!"と云う、まず英語では聞かない台詞が面白い。 リドリー・スコットは『決闘者』の頃から何も変わらない。彼の粘着質・怪奇…

20231204日記_葬送 

扶けては斷橋の水を過ぎ、 伴つては無月の村に歸る 『無門関』第四十四則 祖父の葬儀を了へた。私個人はバタ臭い加特力主義者であるが、本家は臨済宗妙心寺派の檀家で在るから、その様式に則り式を執行つた。私も今日ばかりはロザリオでなく数珠を持つて、使…

20231202日記

午前1時47分、祖父帰天の報受く。Pie Jesu Domine, Dona eis requiem.

20231130日記

Te rogamus audi nos<汝我等の願ひを聴容れ給へ> 晴れ、晩秋の肌寒さ。街路樹に殘る枯葉も稀である。仏蘭西に行く際、是非とも手に入れたい本がある。ジョゼフ・ド・メーストルの各書。 『フランスに関する考察(Considérations sur la France)』1796 『教皇…

再びダンディに就いて

晴れ。図書館で画集を借りた。レンブラント、ルーベンス、ワトー、ゴヤ、ドラクロワ、モロー。 ダンディ。冷血と尊大と自己統制の国、英国で生れた、ボウ・ブランメルを亀鑑とする不可思議な風流の教へ。仏国に於ては王政復古期、斯の教義が流入した後には、…

20231125日記

晴れ。秋闌けて折ふしの移らふも間近。 仏語学校へ行き、授業了りに友人とカフェでボオドレエルの『惡の華』に就きて卑陋なる識見を喋々した後(本当に耻しいのだが女性の前で黙込む訳にも行かぬ)、小石川の植物園を散歩する。メタセコイア、ラクウショウ、ナ…

夏目漱石『草枕』1906

余もこれから逢う人物を―百姓も、町人も、村役場の書記も、爺さんも婆さんも―悉く大自然の点景として描き出されたものと仮定して取りこなして見よう。 ある画工が都会を避け、田舎で「非人情(客観、芸術至上主義の意)」の世界に游ばんとする話。小説ではある…

夏目漱石『夢十夜』1908

『夢十夜』と『草枕』が話題に上つたから、先刻ジュンク堂で文庫版を買つて再読。 こんな夢を見た。 十夜の夢を綴る漱石の小品。『三四郎』、『それから』、『彼岸過迄』そして『こゝろ』。これら漱石の代表作は、云ふなれば心理小説。「明治」と云ふ特定の…

プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン(Евгений Онегин)』1832

いつものフランス料理店、隣のテーブルで夫人と5歳位の男の子とが会話をしてゐる。タイムマシンがあつたら、過去と未来のどちらへ行きたい? 男の子は迷はずに答へた、未来と。 プーシキンの韻文小説。一月に新国立劇場で、チャイコフスキーの『エフゲニー・…

シューマン「美しい五月に(Im wunderschönen Monat Mai)」『詩人の恋(Dichterliebe)』1840

www.youtube.com Im wunderschönen Monat Mai,五月てふ麗はしき月にAls alle Knospen sprangen,冬籠りの蕾咲き出づるDa ist in meinem Herzenそして我が胸裡にDie Liebe aufgegangen.ゆくりなく愛は灯りぬ Im wunderschönen Monat Mai,五月てふ麗はしき月にA…

20231113日記

晴れ。私は倖せである。何故なら私は、私個人の、内奥の進歩を信じてゐるから。 映画を観た。アラン・レネの『二十四時間の情事』。ヌーヴェルバーグ、強烈な個性の集まりを一語で括る事には躊躇ひがあるが、それでも矢張り、私は此の集団が好きである。 Som…

ボオドレエル「再びポオに就いて」覚書

藝術家は美に對する精妙な感性あればこそ藝術家なのである 詩人は、不正のない處に、斷じて不正を見ない。が、俗眼には何物も見えぬ處に、實に屢々不正を見るのである。 詩人の過󠄁敏性なるものは、凡俗の所謂氣質とは關係がない。それは缺陷、不正に對する異…

20231105日記

晴れ。昨日の付合ひで疲労し、今日は何もできなかつた。忌まはしい。 ・土曜日の荘厳司教ミサの曲はオルビス・ファクトールに決まつたと云ふ。de angelisやcum jubiloに比較して静的で優しく響くこのミサ曲を、私は好いてゐる。 ・クロード・ルルーシュの『…

20231103日記

晴れ、京都を訪ねる。七条ステーションは立錐の余地もない、逃げるやうにして市内へ向かふ。 烏丸蛸薬師の前田珈琲で朝食を取つた後、東洞院の仕立て屋をおとなふ。ダブルブレステッドのチェスターフィールドコートを註文。生地は伊太利製の黒無地、6つ釦2つ…

パスカル『パンセ(Pensées)』1670

『パンセ』はパスカルが出版を企図してゐた護教論の覚書や下書を中心とする遺稿集。『パンセ』の翻譯は多数あるが、一番まともな日本語になつてゐるのが、この中公文庫版。翻譯の底本はブランシュヴィック版。遺稿が内容別に整理されてゐる為、読者に易しい。…

リラダン『王妃イザボー(La Reine Ysabeau)』1880

この齢になつて甲斐もなく仏語学校に通つてゐる。齢二十五で斯う云ふと失笑を買はれるだらうが、若さの可能性を知るのは年を取つてからだし、抑々臆病な自尊心で身動きの取れぬ青年など、老人と大して変はる所がない。 話が逸れた。今日とて仏語の勉強のため…

20231017日記_祭囃子

晴れ、冷たき風にくゆりて金木犀が馥郁と匂ふ此頃。この時期の林檎は、一年を通して最も美味しい。近くの鬼子母神は御会式だと云ふ。提灯金棒、太鼓と笛のかしましさ。人々の不思議な衣装、奇怪な動き。それらは南米の謝肉祭のやうで異国染みた面白さはある…

20231011日記_ニヒリスムの悪

晴れ。歯科検診。オーダーしてゐたパンツが仕上がつた。深まる秋の永き夜、シューベルトのピアノ曲を聴いてゐる。 人間の本性は腐敗してゐる。この世に真の満足はなく、愉しみは虚栄に満ち、不幸は無限であり、さうした大層な人生の最期を飾るは死である。 …

ロンゴス『ダフニスとクロエー』A.D. 200-300

《......お金を! 少しお金を!》 ヴィリエ・ド・リラダンに、『ヴィルジニーとポール』と云ふ小品がある。サン・ピエールの『ポールとヴィルジニー』をさかしまにした名で、近代功利の腐敗が少年少女のあどけない牧歌にさへ浸透してゐる事を諷刺した作品。…

20231006日記_伊太利と私

晴れ。靴を買つた。伊太利製、内羽根のプレーントゥ。ストレートチップが欲しかつたのだが、寸法が合はなかつた。革の色は光の当たり方次第で茶にも灰にも黒にも見える、それを面白く思つて擇んだ。 さういへば、先日の外套の服地も伊太利製であつたが、私は…