Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

パスカル『パンセ(Pensées)』1670

『パンセ』はパスカルが出版を企図してゐた護教論の覚書や下書を中心とする遺稿集。『パンセ』の翻譯は多数あるが、一番まともな日本語になつてゐるのが、この中公文庫版。翻譯の底本はブランシュヴィック版。遺稿が内容別に整理されてゐる為、読者に易しい。…

リラダン『王妃イザボー(La Reine Ysabeau)』1880

この齢になつて甲斐もなく仏語学校に通つてゐる。齢二十五で斯う云ふと失笑を買はれるだらうが、若さの可能性を知るのは年を取つてからだし、抑々臆病な自尊心で身動きの取れぬ青年など、老人と大して変はる所がない。 話が逸れた。今日とて仏語の勉強のため…

20231017日記_祭囃子

晴れ、冷たき風にくゆりて金木犀が馥郁と匂ふ此頃。この時期の林檎は、一年を通して最も美味しい。近くの鬼子母神は御会式だと云ふ。提灯金棒、太鼓と笛のかしましさ。人々の不思議な衣装、奇怪な動き。それらは南米の謝肉祭のやうで異国染みた面白さはある…

20231011日記_ニヒリスムの悪

晴れ。歯科検診。オーダーしてゐたパンツが仕上がつた。深まる秋の永き夜、シューベルトのピアノ曲を聴いてゐる。 人間の本性は腐敗してゐる。この世に真の満足はなく、愉しみは虚栄に満ち、不幸は無限であり、さうした大層な人生の最期を飾るは死である。 …

ロンゴス『ダフニスとクロエー』A.D. 200-300

《......お金を! 少しお金を!》 ヴィリエ・ド・リラダンに、『ヴィルジニーとポール』と云ふ小品がある。サン・ピエールの『ポールとヴィルジニー』をさかしまにした名で、近代功利の腐敗が少年少女のあどけない牧歌にさへ浸透してゐる事を諷刺した作品。…

20231006日記_伊太利と私

晴れ。靴を買つた。伊太利製、内羽根のプレーントゥ。ストレートチップが欲しかつたのだが、寸法が合はなかつた。革の色は光の当たり方次第で茶にも灰にも黒にも見える、それを面白く思つて擇んだ。 さういへば、先日の外套の服地も伊太利製であつたが、私は…

宮崎駿『君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)』2023

公開中のジブリ映画『君たちはどう生きるか』を劇場で鑑賞。吉野源三郎の同名小説からの類推で、リアリスムに基いた作品だと勝手に想像してゐた。記録を残す迄もないと思つたが、一応。 始まりは或る意味「期待通り」だつた。堀辰雄的な世界、即ち格子窓とエ…

20231004日記_覚書など

霧雨。毎月の紅茶と、西武百貨店から商品券を受取る。もつと繁く日記をしたためるべきなのだけれども、つひ億劫で。 中秋の月の皎皎たるや見事だつた。その翌日だつたか、仕立て屋へ行き冬のコートを注文した。シングルブレステッドのチェスターフィールドコ…

ボードレール『火箭(Fusées)』『赤裸の心(Mon Coeur Mis à Nu)』遺作

ボオドレエルの観察や所感、箴言の覚書き。『惡の華』を上梓した頃から、詩人が失語症になる直前迄に書かれた。母に宛てた書簡を見ると、ルソーの『告白録』に倣ひ、出版を意図して書留めてゐた事が分る。 世間が崇拝してゐるものに対して、僕が自分をさなが…

キューカー『マイ・フェア・レディ(My fair lady)』1964

私にとつてミュージカル映画と云へば『マイ・フェア・レディ』である。"Wouldn't it lovely"、"On the street where you live"。日常でつひつひ口遊んでしまふ、キャッチ―な旋律が澤山。 How do you do. 若き頃のジェレミー・ブレット。彼は1933年生れだから…

マイケル・ホフマン『終着駅 トルストイ最後の旅(The Last Station)』2009

マイケル・ホフマン監督作。レフ・トルストイの晩年、妻ソフィアとの夫婦関係を描く。ヘレン・ミレンが綺麗。トルストイを演じたのは『サウンド・オブ・ミュージック』のクリストファー・プラマー、もう見た目では彼と分らない。 私の心に響かなかつた。重厚…

20230925日記_原罪

晴れ。大変な疲労。マタイ受難曲を聴き動悸を抑へる。 原罪について公教要理を確認した。 ・人間は創造主に背き、神なしに、また神によらずに「神のように」なろうと望んだ(創世記3:5)。これにより人間は、原初の聖性と義の恵みを失った。斯かる状態を原罪と…

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』1937

今、同名のジブリ映画が上映されてゐる。尤も脚本はオリジナルださうだが。 私は本書を、遠い昔に読んだ覚えがある。その筋こそ忘れてゐたものの、本質の部分は確かに私の内奥に生きてゐた。その一つ、「自らの過ちに対し言い訳をし、それを忘却するやうな事…

『ナチス・ドイツに於る音楽(Music in Nazi Germany)』DW Documentary

www.youtube.com "Music in Nazi Germany"なるDeutsche Welleのドキュメンタリー。「おすすめ動画」として出て来たので視聴。フルトヴェングラー、ワーグナー、ユダヤ人、バイロイト、アウシュヴィッツ=ビルケナウ。話を敷衍した割に、Music is immortalと云…

ティボーデ『フランス文学史(Histoire de la littérature française - de 1789 à nos jours)』1936_ボードレール論

「『惡の華』の歴史。誤解によつて受けた屈辱、訴訟」(ボオドレエル『赤裸の心』) 「私の蒙つた屈辱は神の恩寵であつた」(ボオドレエル『火箭』) 「罪の増すところには恩惠も彌増せり」聖パウロ アルベール・ティボーデは史学と哲学を修めた後に、文芸批評の…

20230917日記

さりながら、何といふ愕くべきことであらう、我々の理解から最も懸け離れてゐる秘義、即ち原罪遺伝の秘義が、それなくしては我々がおのれ自身について何等の理解をも得ることの出来ぬ一事であらうとは。(パスカル『パンセ』) 私の魂を縛るは、唯原罪の意識の…

竹宮惠子『風と木の詩』1976-84

www.youtube.com カラヤン率ゐるベルリーナフィルハルモニカ。今ではこの名門オケも様変りし、女性コンマスが誕生したと云ふ話も聞いた。性差なく実力ある人間がコンマスになれば良いと思ふが、女性のコンマス就任、それがさも意味ある事のやうに宣伝する浮…

20230903日記

秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる 晴れ。処暑らしく、昼の日差しは夏そのまま乍ら、夕暮れ時には涼しい風もある。 今朝は肺腑を抉るやうな悪夢で目を覚ました。愛する人、友人、そして来し方の夢。これらが象徴的に出現しては、私を拒…

フォーレ「メリザンドの歌(Chanson de Mélisande)」『ペレアスとメリザンド(Pelléas et Mélisande)』1901

www.youtube.com モーリス・メーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』、英訳版の劇付随音楽。第三幕第二場、塔の窓際に坐すメリザンドが、光の束のやうな美くしい金色の髪を、くしけずり乍ら歌ふ「王様の三人の盲の娘」。これはロレイン・ハント・リー…

エルネスト・ルナン『イエスの生涯(Vie de Jésus)』1863 

基督が、祈禱と信仰とは物質的にすら全能だと信じ給うたことを、ルナンは莫迦げてゐると考へてゐる。(ボオドレエル『赤裸の心』) エルネスト・ルナン(1823-92)は19世紀フランスの思想家。ブルターニュの敬虔な家庭に生れ、サン・シュルピス神学院に学ぶが、…

20230823日記_京の夏

洋服の注文とお茶を買う為に京都に赴いた。暑い、だが私は京都の夏は嫌いではない。 静寂の中に響く蝉の声。青紅葉や苔の深い緑と、空の紺碧との調和。どこからか馥郁たる香が漂う。神韻縹渺、京の夏には暑い中にも優雅がある(気持ち一つじゃないか)。 ああ…

函館紀行(4)_当別教会(聖リタ教会)、当別トラピスト修道院

峻厳なる生活のよろこびをさとれ、而して祈れ、絶え間なく祈れ。祈禱は力の貯蔵所だ。意志の祭壇、精神の力学、秘蹟の魔法、霊魂の衛生。(ボオドレエル『火箭』) 朝まだき、雨の函館驛を発つ。乗込んだ国鉄時代の気動車は日本海沿いを走り、幾つかの淋しき漁…

函館紀行(3)_厳律シトー会 天使の聖母トラピスチヌ修道院

曇り、27度。 本日はトラピスチヌ修道院に行くと決めていたのに、朝を寝過ごした。時間に余裕もないので昼食は取らず、だが元町教会での祈りは忘れずに済ませて、市電に乗込んだ。トラピスチヌ修道院は正式名を「厳律シトー会 天使の聖母トラピスチヌ修道院…

函館紀行(2)_カトリック元町教会(2)

詩人てふ苛立ちやすき種族 雨、涼しい。 聖母被昇天を函館元町教会で祈る。教会への道すがら、街に鐘の音が響いていたが、あれは正教会のものだろうか?彼らもまたNotre Dameの祭日を祝っているのだろうか?しかあれかし。函館は信仰と共にある街だ。衰退の…

函館紀行(1)_カトリック元町教会

暫く函館に逗留している。本日の天気は霧雨、涼しい。京都が37度、東京32度、軽井沢でも28度だと云う事だが、函館は24度。何たる特権の享受。この気温と、一向に顔を出さぬ太陽との所為で、私はイングランドに来ているかのような錯覚を覚え始めた。じめっと…

ワーグナー『パルジファル(Parsifal)』高木卓譯

偕に悩みてさとりゆく 純真無垢(Parsi)のおろかもの(Fal)かかる男を待てよかし 我の選べる者なれば 『パルジファル』はワーグナーの死の前年、1882年に完成しバイロイトで初演された。 作曲家は『パルジファル』を舞台神聖祝典劇(bühnenweihfestspiel)と銘し…

20230808日記

晴れ、積乱雲をみる。感傷な想いを起こしている私の横を、日に灼けた少年2人が通り過ぎた。彼らは翳りの無い笑顔をしていた。その表情が持つ率直さは、私を苦しめた。

ワーグナー『ロオエングリン(Lohengrin)』高木卓譯

1845年、『タンホイザー』で疲労困憊したワーグナーは、ボヘミアのマリエンバードに保養していた。毎朝ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの叙事詩を脇に抱えて、森へ出かけたという。 ワーグナーははじめ、ヴォルフラムの手が入った『ロオエングリン』…

ルイ・マル『鬼火(Le Feu follet)』1963

花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 外は変わらず暑い。主日のミサをサボタージュ、音楽を喪った教会は私を惹付けない。昼餉はいつものフランス料理屋で。クリュディテが美味しい。マダムと夏のjauntについて会話してすぐ帰宅…

アントチャク『ショパン 愛と哀しみの旋律(Chopin: Desire for Love)』2002

ポーランドを代表する芸術家の半生を描く。『アマデウス』と同じノリで鑑賞をしたのだが酷い映画だった。ショパンの美くしい音楽を用いている筈なのに映画は美くしくない。それは知性、品格、歴史へのリスペクトなど、芸術を構成する一切のものが缺けている…