Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

ボードレール『火箭(Fusées)』『赤裸の心(Mon Coeur Mis à Nu)』遺作


ボオドレエルの観察や所感、箴言の覚書き。『惡の華』を上梓した頃から、詩人が失語症になる直前迄に書かれた。母に宛てた書簡を見ると、ルソーの『告白録』に倣ひ、出版を意図して書留めてゐた事が分る。

 

世間が崇拝してゐるものに対して、僕が自分をさながら縁なき衆生と感じてゐるといふことを、たへず感じさせたいのです。(母に対する書簡)

 

この書物は、ボオドレエルの二面性を理解するのに役立つ。即ち、ボオドレエルは周知の通り諷刺家、悲観論者、ダンディである一方、彼は同時に熱情家、純然たるカトリシスムの信仰者であるといふ事を。

 

これら相反する二つの性格が一つの人格に同居してゐる事を、人は訝るかもしれぬ。

 

だが私は思ふ。ボオドレエルの杳けき理想(エデン)を思ふ心は、醜き現実に無関心たらむとするダンディスムを生んだ。しかし彼のカトリシスムが、彼をして完璧のダンディたらしむる事を妨げたのだと。何故か?

 

それは彼の信仰する宗教が「愛」の宗教であつたから。愛は無関心を許さぬ。ボオドレエルは堕落した民衆に対する無関心を貫く事ができず、「悔ひ改めよ」と叫ぶ説教者となつた。彼の仕事に対する熱情は、洗礼者ヨハネのそれと比較して劣る所がない。

 

読者には下に挙げる本書の引用から、二つの直線が一点に交はる、十字架の如きボオドレエルの精神を理解して頂ければと思ふ。人文書院の『ボードレール全集』から。

 

 

われわれは、自らそれによって生きると信じたものによって滅びるであろう。機械の発達はわれわれをアメリカ化し、進歩はわれわれのうちにある精神的部分をすっかり萎縮させてしまうだろうから(『火箭』15)

 

私は疲れ果てた男のようなもので、この醜い世界のなかに己れを失い、群衆にこずきまわされ、眼は背後の深い年月のなかに、失望と苦悩しか見ず、目前にはなんら新鮮なものもなく教訓もなく苦悩もない嵐を見るのみだ。(...)過去をできうるかぎり忘れ、現在に満足、将来を諦め、自らの冷静さとダンディスムに陶酔して、過ぎゆく大方の人々ほどには卑しくないことを誇りに思い、葉巻の煙をながめながら、「この連中の良心がどこへゆこうと俺にはかかわりのないことだ」と、ひとりごちるのだ(同上)

 

 

日々、義務と深慮の命ずるところをなせ。お前がもし毎日仕事をするなら、人生はもっと堪え易いものとなろう。六日間、休みなく仕事せよ(『火箭』18)

 

毎朝、あらゆる力、あらゆる正義の源泉たる神に、また仲介者として、私の父に、マリエットに、及びポオに、祈りを捧げること。彼らにたいし、私のすべての義務を果すに必要な力を与えられんことを祈ること(『火箭』21)

 

「ダンディ」は絶えず崇高たらんと希求せねばならぬ。鏡を前にして生き、かつ眠らねばならぬ(『赤裸の心』3)

 

進歩への信仰は怠け者の教義、それは個人が、自分の仕事をするにあたって、隣人をあてにすることである。進歩(真の進歩、すなわち精神上の進歩)は、個人のうちにしか、かつ個人自身によってしかありえない(『赤裸の心』9)

 

なによりも先ず、自分自身に対して偉大な人間であり、聖者であること(『赤裸の心』24)

 

真の文明は、ガスの中にも、蒸気の中にも、回転テーブルの中にもない。それは原罪の痕跡の減少のうちにある(『赤裸の心』32)

 

 

皎皎と(こうこうと) 白く光り耀くさま。「皎皎たる月影」
立錐の余地もない(りっすい) 錐を立てる程の隙もない。人が密集していることの喩え。
靄(もや)
intercourse 性交
conspirator 共謀者
august 威厳がある
waylay 待ち伏せ
booze 酒
jubilee 50年祭、祝祭。"The Queen's golden jubilee"
ravenous 貪欲な。"I'm ravenous(=I'm famished)"
penal servitude 終身徒刑
piquant 興味をそそる
chevy 追い回す
subaltern 下位の、部下
morning room 居間
fender 炉格子
harum-scarum 向こう見ずな
plain-dealing man 率直な男
tog 上着
spare 控える
edible 食用の
retort 言い返す、反論する

bequeath 遺言で譲る、後世に残す
speckled 斑点の付いた

jack-in-office 威張った小役人
fall foul of 巻き込まれる
whim 気紛れ
commend 褒める
volatile 気紛れな
toff 洒落者
felony 重罪
deficiency 不足、欠陥
I'm bound to say 残念ながら-言わざるを得ない
faddy 好み、好みがうるさい
foliage 紅葉
free-handed 気前の良い
divert you 気を逸らす
in the first place
infiltrate 潜入する、浸透する
projectile 弾薬などの発射物
barrage 集中砲火を浴びせる
reticence 無口、寡黙
let alone は云うまでもなく
sapper 土木工兵