Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

20231204日記_葬送 

扶けては斷橋の水を過ぎ、

伴つては無月の村に歸る 『無門関』第四十四則

 

祖父の葬儀を了へた。私個人はバタ臭い加特力主義者であるが、本家は臨済宗妙心寺派の檀家で在るから、その様式に則り式を執行つた。私も今日ばかりはロザリオでなく数珠を持つて、使徒信条でなく般若心経を唱へた。違和感は何も無かつた。美くしき文語と鈴の響きは私を大いに慰め、あゝ私も矢張り日本人なのだと納得させられた。それに加特力主義と仏の教へとの類似を、私は認めてゐたのかも知れない。蓋し加特力の精髄たる慈しみ(祖父の戒名にも慈の文字を入れて頂いた)は、同時に仏教の精髄でもあるからだ。

式の後、私は老師に請うて、延命十句観音和讃なる御経を教へて頂いた。これは和文で現代調であるから一般に解し易い。一部抜粋。

 

我ら誠の心にて命あるもの皆凡て

生れ乍らに具へたり仏の慈悲の中にゐて

貪り怒り愚かにも仏の心を見失ひ

彷徨ふことぞ憐れなる我ら今茲御仏の

御教へに会ふ幸ひぞ教へを学ぶ仲間こそ

この世を生くる宝なり我を忘れて人の為

真心込めて尽すこそ常に変はらぬ愉しみぞ

 

かつて人間は全き状態で楽園にゐた

だが倨傲の罪でその地位を失つた

惨めに現世を彷徨ふ人間の救ひは

唯御子の教へを学び従ふ事にある

 

加特力の最も重要なる秘儀、原罪遺伝との何たる類似。私が心地良く念仏を聞いたのは、脳裡に斯の教義を思ひ浮かべてゐたからに他ならぬ。

 

理屈の話になつて、祖父の事を何も記してゐなかつた。祖父は、寡黙にして謙譲、誠実で、慈しみ深い男であつた。締りの無い顔で下等な話を喋々するブールジョワとは全く似つかぬ居士。其の聡明なる双眸は、いつも久遠の世界を見つめてゐた。

式には祖父の為に百名近い人々が集まつた。祖父は夙に齢九十を越へ隠居生活を送つてゐたと云ふのに、これは中々の事である。みな告別の挨拶を述べた私に対し温かな言葉をかけてくださつた。親戚付合ひと云ふものも、案外悪くないものだと思つた。私も年を取つたのかも知れない。

 

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徴する(ちょうする) 証明する、照らし合わせる
紛々(ふんぷん) 意見や説などが多く飛び交う様
毀誉褒貶(きよほうへん)
蓬頭垢面(ほうとうこうめん) 身嗜みに無頓着でむさ苦しいこと
按ずるに 考えたところ
宛然(えんぜん) さながら、そっくりであること
一眸(いちぼう) 一望に同じ
紛うかたなき 「紛うことなき」の正確な言い方
看取(かんしゅ) 見て取ること
俊秀(しゅんしゅう) 才知が優れていること
孜々として(しし) 励み努力すること
余蘊なく(ようん) 余すところなく
琴瑟相和(きんしつそうわ) 人と人の仲、特に夫婦仲が睦まじい事の喩え
径庭がない(けいてい) 隔たりがない
群芳(ぐんぽう) 美しい草木の花
曠世(こうせい) 世にも稀なこと
憑拠(ひょうきょ) 根拠、拠り所とすること
魯魚(ろぎょ) 文字の誤り
一知半解(いっちはんかい) 十分に理解できていないこと
窺窬(きゆ) 隙を伺い狙うこと

ヴィトロ(vitraux) ステンドグラス