『夢十夜』と『草枕』が話題に上つたから、先刻ジュンク堂で文庫版を買つて再読。
こんな夢を見た。
十夜の夢を綴る漱石の小品。『三四郎』、『それから』、『彼岸過迄』そして『こゝろ』。これら漱石の代表作は、云ふなれば心理小説。「明治」と云ふ特定の時間を生きる人間の、精神分析の書である。だが本作は、さうした漱石に珍しい奇譚小品集。
夢物語と云つても、それはutopianでもmythicalでもない。またフランス幻想文学のやうにsymbolistic、artificialと云ふ訳でもない。而して漱石の夢は、飽く迄も現実の延長線上に在り、何者か或いは何事かに追はれ、疲れた「私」がゐる。時間に追はれ、不安に追はれ、はた罪に追はれ...。つまらぬ見方をすれば、仕事に追はれる文筆家の心理状態の反映なのだらうか。まつたく世知辛い。