Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

2021-01-01から1年間の記事一覧

トッド・フィリップス『ジョーカー(Joker)』2019

トッド・フィリップス(Todd Phillips)監督作。ヴェネチアの金獅子賞。歪んだ社会に於ける悲劇。負け犬に優しい主題だから受けたのだろう。面白かったが、こういう類の悪は美しくない。

ポオ『天邪鬼(The imp of the perverse)』1845 

ここに、最も重要なことがある。己惚れた世紀に生れ、他のあらゆる国民に較べて最も己惚れた国民の兒であるこの作家が、人間本然の邪悪を明瞭に見、平然と確言した、といふことを我々は注意したい。彼は言ふ、人間の裡には、近代哲学が考量に入れたがらぬ神…

ポオ『モルグ街の殺人』1841, 『盗まれた手紙』1845

帰納法の大家、霊妙怪異なエドガー・アラン・ポオ。ポオの美学は感覚的なものではなく、精確無比、理知的計算の上に成り立つ。ポール・ヴァレリーはポオの作品を指して、あの「数学的阿片を決して忘れることはできぬ」と云った。 ポオについて、美の評論家デ…

川端康成『雪国』1937

高校生の時分以来に再読。 どことなく退廃の香り。人の世の虚しさ(作中「徒労」という言葉に集約されている)に充ちていて、そこに純粋な美しさを見出す日本人の性がよく顕れた作品。

20210810日記

2021年の夏が私に残すものは 蹌踉(そうろう) よろめくこと易わる 変わるaccomplished 嗜みを身に付けたvexed いらいらして聟(むこ) 婿当代浮薄見晴るかす はるかに見渡すこと凭れる(もたれる)星辰(せいしん) 星々のこと悉皆(しっかい) 残らずすべてhitherto …

溝口健二『雨月物語』1953

溝口健二監督作。京マチ子、田中絹代らが出演。ヴェネツィアでの銀獅子をはじめとして国際的な評価が高い。ゴダールやユスターシュなどヌーヴェル・バーグの系譜に與えた影響も大きい。 銀獅子も宜なるかな。この作品ほどに表現力に富み、芸術性の高い映画と…

メルヴィル『サムライ(Le Samouraï)』1967

ジャン・ピエール・メルヴィル監督作。アラン・ドロンが殺し屋を演じる。これほど言葉少ななフランス映画も珍しい。 三島由紀夫の評価を引用。 「〈サムライ〉は、沈黙と直感と行為とを扱った、非フランス的な作品で、言葉は何ら重要でなく、情感は久々の濡…

リラダン『トリビュラ・ボノメ(Tribulat Bonhomet)』1887

信仰の思想を凌駕せるは猶思想の本能を凌駕せるがごとし -スウェーデンボルグ 東京創元社より斎藤磯雄氏の翻譯。トリュビラ・ボノメ博士。その心は実用主義、折衷主義、進歩主義で芸術家嫌悪。「白鳥を殺す輩」。そうしたボノメが、不滅の霊魂に関心を寄せる…

パトリス・ルコント『イヴォンヌの香り(Le Parfum d'Yvonne)』1994

パトリス・ルコント(Patrice Leconte)監督作。ルコントの脚フェチ。凡そ無気力で厭世的な男の理想を詰込んだような作品。有閑階級の男(イポリット・ジラルド,Hippolyte Girardot)が避暑地で女と出逢う。美しい女性を思うようにすることなどできない。 なんて…

セドリック・ヒメネス『ナチス第三の男(The man with the iron heart)』2017

ローラン・ビネ(Laurent Binet)原作の小説『HHhH』を映像化したもので、フランス、イギリス、ベルギーの合作。ナチスの親衛隊ラインハルト・ハイドリヒの伝記であると同時に、チェコのレジスタンスを描いている。全編英語。

ジェラール・ピレス『タクシー(Taxi)』1998

『レオン』リュック・ベッソンが脚本を担当しているカー・アクション映画。 脇役の俳優、どこかでみたことがあると思い調べた。フィリップ・ドゥ・ジャネラン(Philippe du Janerand)という名らしい。『コーラス』2004に脇役として出演しているのを確認した。…

ブロワ『リラダンの復活(La Résurrection de Villiers de l'Isle-Adam)』1906

リラダンは『イシス』から『アクセル』に至るまで、この無限に美はしく、天を支へる柱の如く強く、智天使らの上に君臨する者の如く全智にして、神そのものともなるべき女性、即ち、永遠の女性に対する憧憬の夢を犇と心に抱いてゐた 森開社による上梓。ヴィリ…

20210731日記

『風景画のはじまり』と題された展覧会を観にいく。印象派の絵画は、そこから何かを得ようとするとイライラするが、何も考えず、俯瞰して絵を眺めるだけならば面白い。

スタンダール『赤と黒(Le Rouge et le Noir)』1830

「19世紀年代記(Sous-titré Chronique du xixe siècle)」(後に1830年代記と改められる)という副題を持つ心理小説。 ナポレオンを崇拝する貧しい青年ジュリアン・ソレルが、立身のために僧職を志す。上流社会に食い入るジュリアンの目を通して、その時代の偽…

20210723日記

おお、いかに恋愛の春の四月の日の定かならぬ輝きに似たることよ、いま陽のかがやきにあふるとみればやがて次第に雲はすべてを奪い去る。シェイクスピア『ヴェローナの二紳士』

フランコ・ゼフィレッリ『ハムレット(Hamlet)』1990

監督はフランコ・ゼフィレッリ(Franco Zeffirelli)。ヴィスコンティ監督のもとでキャリアを築き、オペラの演出を中心に活動した人物。ハムレットを演じるのはメル・ギブソン(Mel Gibson)。狂気のハムレット。

オスカー・ワイルド『サロメ(Salomé)』1893

オスカー・ワイルドの云わずと知れた戯曲。1891年の巴里滞在中にフランス語で書かれた本作の初出は1893年。フランス語原稿には、『少年十字軍』のマルセル・シュウォッブが手を入れたとか。マタイによる福音第14章、マルコによる福音第6章にある、洗礼者ヨハ…

20210714日記

ああ、えも云われぬ倖せ。一瞬の想い出あればこそ。誰れにも話してなるものか。

【対訳】グノー『ファウスト』第1幕第1場

No.1 シーンとコーラスFAUSTRien!何もないEn vain j'interoge, en mon ardente veille, 私は無駄に問いかける、烈しい夜を通して La nature et le Créateur;自然と創造主について Pas une voix ne glisse à mon oreille,だが声ひとつ、私の耳には届かない Un…

リラダン『至上の愛(L'Amour suprême)』1886

そして、ありし日と同じく、私は感じた、この若い女人に於て私を魅了するものは唯々その魂の清澄のみであることを! ヴィリエの短篇集、及びそこに録された同名一短篇。死を越えてこそ実現する男女の永遠の愛。譯者は本物語を、ヴィリエ自身の初恋の告白であ…

ユイスマンス『出発(En route)』1895

前作の『彼方』で人工的楽園に浸っていたデュルタルが信仰の道へと「出発」する。これまでの自分自身に対する侮蔑と慚愧に懊悩する男の内心には痛ましいものがある。 霊的自然主義、緻密な細部描写が特徴的。『さかしま』や『彼方』同様、よほど変わり者でな…

シェカール・カプール『エリザベス: ゴールデン・エイジ(Elizabeth: The Golden Age)』2007

シェカール・カプール(Shekhar Kapur)監督作。エリザベス1世の半生を描く。メアリー・スチュアートの処刑、アルマダの海戦。ケイト・ブランシェットの飛躍的に向上した演技力も見物。孤独な女の羨望、不安、苦悩。

シェカール・カプール『エリザベス(Elizabeth)』1998

シェーカル・カプール(Shekhar Kapur)監督作。エリザベス1世の前半生、ノーフォーク公の処刑までを描く。カトリックを悪趣味に描いていて嫌なイギリス映画。我らがDr.ワトソン(エドワード・ハードウィック)が、アランデル伯役で出演していて愕いた。良い役で…

三島由紀夫『文章読本』1959

三島が『鏡子の家』を書いている時期に綴られた文章論。世間の普通読者(lecteurs)を精読者(liseurs)へと導くことを目的とする。 昔の人が小説を味わうと云えば、それは文章を味わうことであった。しかし十分に舌の訓練がないことには味わうこと能わぬ味があ…

ドールヴィイ『罪の中の幸福(Le bonheur dans le crime)』1871

『魔性の女たち』を構成する短篇の1つ。観察者たるドクターが、パリの植物園(Jardin des Plantes)で遭遇した美しい対の男女の罪を、同行者に語って聞かせる。美が罪に勝利するという一例。 ミザントロープ(misanthrope) 世間の人と付き合うのを嫌う人アルセ…

ドールヴィイ『ホイスト・ゲームのカードの裏側(Le dessous de cartes d'une partie de whist)』1850

『魔性の女たち(Les Diaboliques)』1874を構成する、会話文体の短篇。語り手がサロンで物語を語ってみせ、聴衆に息詰まる興奮を巻き起こさせる。明らかになる事実は限定的である、何故なら語り手による事件の「主観的な」観察しか、物語に反映されないから。…

フローベール『聖アントワーヌの誘惑(La tentation de saint Antoine)』1874

ブルーゲルの絵画「聖アントニウスの誘惑」に着想を得たフローベールは、30年に渡り、本作品の執筆に取組んだ。 悪魔の誘惑に曝され、その信仰心を試される聖アントニウスを描く。紀元3世紀頃の話であるから、彼の他作品、つまり俗悪な現代社会を舞台とする…

ユイスマンス『彼方(Là-bas)』1891

現代世界に厭いているデュルタルが、ジル・ド・レー男爵の研究を通して、超自然的世界をみる。彼は中世キリスト教の世界を理想視し渇望するも、信仰を持つには至らない。ジル・ド・レーの一代記として読んでいて面白いが、物語としてはどうか。シャントルー…

ラ・ファイエット夫人『クレーヴの奥方(La Princesse de Clèves)』1678

描写が殆ど恋愛心理の明晰な分析に集中しており、心理小説の祖と云われている。ラ・ファイエット夫人が生んだ、新たな近代心理小説の伝統は、ラクロ『危険な関係』、コンスタン『アドルフ』、ラディゲ『ドルジュル伯の舞踏会』等に引継がれた。また、『クレ…

リラダン『殘酷物語(Contes cruels)』1883

『残酷物語』は、ヴィリエ・ド・リラダン伯爵が1883年まで種々の雑誌に発表してきた作品に推敲彫琢を施し、そこに未発表の4篇を加えて出版された短篇集である。 「ヴィリエは夢と諷刺の両者から成り立っている」とレミ・ド・グールモンは言う。この『残酷物…