ブルーゲルの絵画「聖アントニウスの誘惑」に着想を得たフローベールは、30年に渡り、本作品の執筆に取組んだ。
悪魔の誘惑に曝され、その信仰心を試される聖アントニウスを描く。紀元3世紀頃の話であるから、彼の他作品、つまり俗悪な現代社会を舞台とする『ボヴァリー夫人』や『感情教育』とは趣を異にしている。聖アントニウスの奇怪な幻想が延々と続くだけで、私はあまり楽しめなかった。
実際、世間の評判は芳しくなかったようだ。だがデ・ゼッサントはこう評価する。
偉大な芸術家の資性はすべて、この『聖アントニウスの誘惑』と『サランボオ』の比類なきページに輝いていた。これらの作品において、作者がわれわれのみすぼらしい生活からはるかに遠く喚起しているものは、古代アジアの眩いばかりな輝き、そのさかんな放射と神秘な衰滅、その遊惰な乱交であり、あるいはまた、底をつくより早く豪奢と祈りの生活から溢れ出る、あの重苦しい倦怠によって強いられた兇暴さであった。『さかしま』河出文庫版p.249
彼が何を言おうとも私は再読したくない。
右下、朱の僧衣を着た老人が聖アントニウス。