描写が殆ど恋愛心理の明晰な分析に集中しており、心理小説の祖と云われている。ラ・ファイエット夫人が生んだ、新たな近代心理小説の伝統は、ラクロ『危険な関係』、コンスタン『アドルフ』、ラディゲ『ドルジュル伯の舞踏会』等に引継がれた。また、『クレーヴの奥方』は16世紀(アンリ2世)の宮廷を舞台とし、実際に起こった事件を忠実に再現している点、優れた歴史小説でもある。
恋愛心理を見事に描写していることは間違いないが、軽率な人間の曰く「社交」なんて面白くもなんともない。クレーヴ夫人が「貞淑」だとも思わない。蓋し浮気は心の中で行われるもの。唯々浅ましいように思われる。『ボヴァリー夫人』のシャルルにも通ずるが、クレーヴ殿のような篤実な人間は不幸にしか成り得ないのか。
ここではね、もし表面のことで万事を判断していたら、あなたはいつも間違ってばかりいるのですよ。そう見える、というのは決して真実でないといってよろしい。
有象無象(うぞうむぞう) 雑多なつまらぬ人間を指していう。
縉紳(しんしん) 官位が高く身分ある人
あれかし あってほしい
鵜の目鷹の目 鋭い眼差しでものを探し出そうとするさま
隙見 のぞき
心遣り 憂さ晴らし
陋巷(ろうこう) 狭く汚い街
ラ・ファイエット夫人(Comtesse de La Fayette) 1634-93
パリの小貴族の家に生れ、21歳でラ・ファイエット伯爵と結婚。別居後パリに戻った夫人はサロンを開き、文人らと交流した。『モンパンシェ公夫人』でデビュー。