Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

三島由紀夫『金閣寺』の舞台探訪

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以前立てた計画をそのまま実行した。私の卒業旅行を兼ねた、『金閣寺』の舞台探訪。京都駅から山陰本線を使い、綾部で舞鶴線に入る。西舞鶴からは、本来歩くべきところであるが(途中まで挑戦はした)、宮津線(宮舞線)に乗換。丹後由良で下車。丹後由良から裏日本の海を肌で感じた。

 

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「駅、汽笛、朝まだきの拡声器のだみ聲の反響までが、同じ一つの感情をくりかへし、それを強め、目もさめるばかりの抒情的な展望を私の前にひろげた。」

 

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「汽車は昔病んだ父と一予に見た群青の保津峡に沿うて走つた。」

 

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「列車の車掌が次の駅の『西舞鶴』の名をふれまはる聲に私は呼びさまされた。あわただしく荷を担げる水兵の乗客も今はなかった。」

 

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「だから私は由良へ行かうとしてゐた。(…)西舞鶴から由良へゆく道は、ものの三里もあったが、私の足はうろ覚えに覚えてゐた。」

 

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「河口は意外に窄い。そこに融け合ひ、犯し合つてゐる海は、空の暗い雲の堆積にまぎれ入り、不明瞭に横たはるてゐるだけである。」

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「それは正しく裏日本の海だつた! 私のあらゆる不幸と暗い思想の源泉、私のあらゆる醜さと力との源泉だった。突然私にうかんで来た理念は、柏木が言ふやうに、残虐な想念だつたと云はうか? とまれこの想念は、突如として私の裡に生れ、先程からひらめいてゐた意味を啓示し、あかあかとの内部を照らし出した。まだ私はそれを深く考へてもみず、光りに搏たれたやうに、その想念に搏たれてゐるにすぎなかつた。しかし今までつひぞ思ひもしなかつたこの考へは、生れると同時に、忽ち力を増し、巨きさを増した。むしろ私がそれに包まれた。その想念とは、かうであつた。
金閣を焼かなければならぬ』

 

 

私が溝口のやうに想念に搏たれることはなかった。私が得たのは慰めであった。裏日本の寂しい海は私の仲間であった。