Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

三島由紀夫『奔馬』

 三島作品中、どれが最高傑作かと問われたらば、私は『奔馬』を挙げるかもしれない。三島がその人生でみた、得たすべてが注がれているように思えるからだ。本作品に描かれているのは三島自身の感情の推移。最晩年の三島の夢と飯沼勲の夢とは一致するのではないか。此度で4度目の読了だろうか。『金閣寺』以来、三島文学を貫いてきた「行為」の優位性が本作で最高点に達する。

 昇る日輪、けだかい松の樹陰、かがやく海のもとで自刃することが勲の夢であった。それは現実には適わなかった。しかし、

「正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裡に赫奕と昇った」

 のだ。勲の純粋なる行為が、現実を変化させたのである。三島は、「世界を変えるのは行為だ」と『金閣寺』に於いて溝口に代弁させていた。

 

 ちなみに本作に登場する槙子であるが、第三部『暁の寺』での描写も相俟って、三島作品のヒロイン中いちばん好みだ。勲が槙子を抱きしめた場面で、こんな文がある。

「そのときから酔いがはじまった。酔いは或る一点から、突然、奔馬のように軛を切った。女を抱く腕に、狂おしい力が加わった」

 えっちだ。