Epistula ad mē

「美」というものは、藝術と人間の霊魂の問題である

『金閣寺』に於ける溝口の出奔について(聖地巡礼?)

 溝口が「金閣を焼かなければならぬ」という想念に搏たれた、舞鶴湾への出奔について。小説から読取れることを纏める。私の卒業旅行のため。

 

 京都駅発 敦賀行午前6時55分の列車「保津峡に沿うて走った」とあるから山陰本線に違いない。途中園部を経由。綾部駅での分岐を北上する。西舞鶴駅で下車。

 そこから由良に向かい歩く。道程は3里(=凡そ11.7km)。「道は舞鶴市から湾(舞鶴湾)の底部に沿うて西へ向ひ、宮津線と直角に交はり、やがて瀧尻峠をこえて、由良川へ出る。大川橋を渡つたのちは、由良川の西岸ぞひに北上する。」これは現国道175号線及び178号線のルートそのままである。

 由良川の河口に辿り着き、「裏日本の海」を望む。まさにここである、溝口が「行為の啓示」を受けた瞬間は。

 その後宮津線の丹後由良駅の前へ出る。「海水浴御旅館由良館といふ看板のある駅前の小さな宿」に泊まる。これのモデルは実在するのか不明だ。

 3日後、宿の者に通報されて逗留は終る。警官の付添のもと丹後由良駅から列車に乗り、京に帰る。鹿苑寺の総門の前で、話は終る。

 

 

 私は特急「まいづる」に乗って楽をしてしまおう。