Mon Cœur Mis à Nu

But, darlings, the show must go on.

20260104日記_パリ逗留の近況(3)

1月2日(金) - 晏起。宿近くのビストロAu Bon Coinsで食事。雑司ヶ谷の寓居近くのフランス料理店と同じ名だが(尤も飲食店に珍しい名前ではない)、ひょっとしたらマダムはこの店を知っているのではないか。彼女は昔18区に居たと話していた。

マドレーヌ寺院近く、マルゼルブ通にあるベッジュマン・バートンに紅茶を買いに出かけた。この辺りに来ると、ちょっと寄りたくなる教会がある。ルネサンスを思わせる大きなドームと、ゴシック式のバラ窓が特徴的な、サントーギュスタン教会である。いかにも古めかしい威容だが、実はオスマン男爵のパリ改造計画の一環として、新しい大通りの交叉点におけるランドマークとして建築された新しい教会である。それに教会堂に一歩入れば、これが鉄筋による近代建築であることは明らかだ。支柱が少なく天井が広いのである。竣工当時、種々の点で折衷的で新しいこの教会を巡ってパリ市民が論争したことは想像に難く無い。だが現在ではフランス第二帝政建築の傑作とされていて、サクレクールと同様、市民の誇りの一部となっている。「たゆたえども沈まず」、パリ市民は捉え所のない生き物である。

バスに乗り、プティパレのパリ市立美術館へ。アンリ・ファンタン=ラトゥールがあると聞いたから訪れたのだが、見られず。だがギュスターヴ・クールベ、ギュスターヴ・ドレの比類なきコレクション、それに「パリ市立」なだけあって、在りし日のレ・アル市場、バスティーユの陥落、また七月革命など、パリの歴史の情景が描かれたコレクションが充実していて見応えがある。展示数も良い塩梅で私好みの美術館であった、無料だしね。

パリで暮らしていると、一日に五回は恋をする。ダマンフレールで、同じ客ながら私に紅茶の試飲を勧めてくれたパリジェンヌ。「美味しいでしょう」と微笑んで見せた彼女の面持ち。私は彼女に対して紳士的に振舞えただろうか。別れ際、私のAu revoir≪それではまた≫の挨拶が、彼女の胸に優美に響いたことを祈る。晩課のミサではKyriale XII Pater Cunctaが歌われた。今日も素晴らしい一日だった。

 

1月3日(土) - 今世紀の潮流は、美への反発と本能への従属なのか。日本人はパリを訪れて「パリ症候群」に罹患するというが、その原因が移民の醜態にあることが分からないのか。

さて、本日は朝まだきに目を覚まし、パリ東駅からトランシリアン(郊外列車)に乗って、中世都市プロヴァンへ。十二世紀頃に建てられた数多のロマネスクな塔、教会、それに城砦が、シャンパーニュ伯庇護下の都市の栄華を、現代に伝えている。

パリに戻って、レ・アル近くのレストラン「レスカルゴ・モントルグイユ(L’Escargot Montorgueil)」へ。1832年から続くこの旗亭には、私としては微妙な顔ぶれだが、サラ・ベルナールプルーストピカソ、ダリ、コクトーも通ったという。エスカルゴのブルゴーニュ風(Tradition)と、帆立のカルパッチョ(Carpaccio de Saint Jacques)を頂いた。カエル脚のエスコフィエ風(Cuisses de grenouilles Façon Escoffier)は、食べる勇気が興らなかった。料理はいずれも、さほど美味しくなかった。サン・ニコラ・ドゥ・シャルドネ教会の晩課に与り(Kyriale VIII)、その後はフランス国立管弦楽団によるベートーヴェンの第九の演奏会。

 

1月4日(日) - イエズスの御名の祝日、ミサ曲はKyriale IV Cunctipotens Genitor Deus「全能の父なる神」。昨晩AIと話し込んだために寝過ごし、急いで教会へと向かった。

「神とは何か?実在するのか?」という疑問に対する答え、「神は愛であり、実在する」。それはどういうことか。祖母を御聖体に与らせるため、その老いた手を引いて、ゆったりとした歩調に合わせて、厳かに一歩ずつ祭壇へと向かう、黒きベール姿の娘がいる。その光景に私は心を震わせ涙を流す、こういうことである。ああ、私にも立派な祖父がいた、賢明な祖母がいた。それだけで誇りを持って生きて行ける、何を後ろめたく思うことがあろう。

ミサの後、ウェイトレスが可愛かったアルメニア料理屋に昼食に行ったが、目当ての娘はおらず無念。空港ラウンジで、無料の食事にがっつく中国人の群れに意気阻喪、こいつらと同類とは、我が民族の何たる原罪であろうか。

免税店ではペンハリガンのハルフェティを買った。フランスらしく、ディオールやディプティック、エルメスのヴォヤージュ、エキパージュ、ベラミなどを試してみたものの、結局ペンハリガンに落ち着いた。エキパージュの洒脱さにはちょっと惹かれたが、オードトワレでは用をなさない。プレミアムエコノミーに座っているが、凄まじい民度の低さだ。不快なフライトの慰みにこの文章を執筆した。