13日、学部の指導教官が還暦を迎へられ、その祝賀会のため京へと赴く。
陰、涼気。ホテルオークラの宴会場。偉い政治家、旧家の歴々としてよき人々、また今を時めく気鋭の財界人ら数多。数百人はゐただらう、そこに場違ひな陰気者一人。Me voici!DNAの奥深くに刻まれし本能の赴くまま平身低頭。居心地は決して良くはなかつたが、全く不快であつた譯ではない。愉しき会話もあつた。温める旧交もあつた。
先生の演説、巧妙なレトリック、豊かな引用。私が生存を強要される「社会」はどう構成され、どう動いてゐるのか、残酷なまでに私の眼前に示される。尤も私は盲ではないので、平生から社会人としてそれらを観察してゐるのではあるが。即ち成功する者と私との違ひ。覇気、社交力そして何より、人類進歩を信ずる者に共通のオプティミスム。
片や我が魂にべつとりと染込んだペシミスム。これは今更、己の意思で変へる事のできるものではないと思ふ。青年期を迎へた私がカトリシスムに愈愈帰依したのは、この類の変化を望んでの事であつた筈だが、その結果は今の所、人間性への失望と、現世への諦念を育むばかりであつた。
私を照らして呉れるのは何者であらうか。(何故イエズス・キリストと即答できないのか)。
休息が必要であつたので二次会はふけた。その間仕立屋でハッキングジャケットの相談他談笑し、その後は町に建てられた山鉾と、演奏される祇園囃子とを見て聴きて廻つた。三次会に祇園のスナックへ、四次会は木屋町のバーへ。かしこ、無神論の現役学生を巡り議論が為されたが、憔悴してゐた私は、特に主張を為す事もできなかつた。本当に何の為の読書であらうか。虚しいものである。
14日、ひねもすの雨、一転しての溽暑。リネンジャケットがしとどに濡れ、とても堪らない。嵐山から化野の方へ歩き、小倉山二尊院を訪ねた。その後急ぎ洛中へと戻り、新町六角の紅茶屋で彼女と合流。彼女と逢ふのが辛い、私には彼女を娶る気力も能力も無い。彼女はどう思つてゐるのだらう。
主よ、神よ、我が祈事に耳をかたぶけ、我をそのいと深き憐みの裡に受容れさせ給へ。