風雨。横濱まで出掛ける。三溪園へ行く予定であったのが、悪天候でとても逍遥できない。
山手十番館という洋食屋で昼餉。丁寧な給仕は結構だが、若者に十分な教育を施さずに不慣れなことをさせても、ただ仰々しく優雅とは程遠い、御節介なサービスである。私にとって一等の給仕は何と言っても行きつけの仏蘭西料理店のマダム、私が瞬きをしている間、唯の一音だに上げず、皿を下げて料理を運んでくる彼女に限る。しかしながら立地良く、料理も美味しく、彼女も海老のカダイフを喜んでいたから満足である。
三溪園を諦めた私達はニューグランドで作戦を立て直す。日本郵船氷川丸がロビーから見えたので、そこを目指すことに。作戦でも何でもない、行き当たりばったりも良いところ。かつて秩父宮やC.チャップリンも乗船したという客船氷川丸は、横浜と米国シアトルを2週間で結ぶ定期航路に就航していた。特別一等から三等室まである。三等は機関室のすぐ隣に位置して、薄暗く狭い窓なしの一室に、八つの寝台。さながら死体安置所のようだと、私が意地の悪いことを思っていた所、彼女は「この方たちが犠牲になられるのね」と独り言ちた。何という気位の高さ、内奥の冷酷さ。私は痺れた。
帰りはそごうで水屋見舞の菓子を品定め。こうした生活もまた楽しい。
7日。晴、薄暑。マロニエの花が咲いている。
三菱一号館美術館のビアズリー展へ。『サロメ』の挿絵を一枚一枚撮って歩く、醜い老いぼれ婆共で大変な混雑。岩波文庫版『サロメ』に全て所収されているから、自宅でそれを撮っていればいいのに。
そもそも聖書も騎士道物語も知らず、ゴーティエもフローベールも読まず、ワーグナーを聴かないであろう彼輩が、ビアズリーを見て楽しいのだろうか。ビアズリーの精神に思いを致すことができるのだろうか。解説のただ一言でも、理解することができるのだろうか。
繰り返し言うが、博物館美術館の類は、教養試験にパスした者のみが入場できる許可制にすべきである。これを国民の権利として、憲法に記載せよ。
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「リマの聖ローザ」。そういえば昔、彼女の霊名を持つ女性が居た。

私のお気に入り。ヴェーヌスブルグに舞い戻って来た、惨めなタンホイザー。

「詩人の残骸(Le Debris d'un Poet)」。カーペットに耽美主義の象徴ひまわり。テーブルに保険屋の事務仕事をするビアズリー。生活に死ぬ詩人。