Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

ネルヴァル『シルヴィ(Sylvie)』1853

幻影は一つ一つ落ちて行つた、果實の皮のやうに。そして果實とは、それは經驗と云ふものである。その味は苦い。然しそこには人を堅固にする苛烈なものがある。

ジェラール・ド・ネルヴァルによる自伝的小説。幼少の砌、イル・ド・フランスの古色蒼然たるヴァロワで邂逅した2人の女性、アドリエンヌとシルヴィ。ネルヴァルにとって前者は「尚い理想」、ベアトリーチェに喩えらる姫君。後者は「優しい現実」、素朴で心優しい百姓娘。この2人の女性は、後にオーレリアが現るまで彼の詩神であり続けた。今偕に失われた2人の女性に対する追憶と諦念とが、悲痛な旋律を為して語られる。

「私が最初に詩を書いたのは青春の熱情からであり、次いで恋愛から、最後は絶望からであった」とネルヴァルは云う。畢竟『シルヴィ』は、自身の現實に対する敗北を告白した書である。そしてこれに続くのが『オーレリア』だ。此處に曰く「夢はもうひとつの生である」と。

 

愛に対し、或いは女性に対し、いと高きものを見出さんとする人々は、いつの時代にも存在する。彼等はさながら十字軍士。彼岸に於ける救いを夢見ながら、とく来たる敗北の為に戰う者達。ネルヴァルはその1人だ。では私はというと、この十字架を背負う事に決して前向きではない。願わくば私は人並みに、陋巷に偽りの幸福を感じ乍ら日々を過ごしたい。だがそれは生得的に不可能なのだ。私の血が「否」を叫ぶのだ。だからもう覚悟を決めた。主よ、私の精神を強めてください。

(精神は、)あなたやあなたの御同類には、何の役にも立ちませんね!他の人々、「死」を物ともせず、「永遠の生命」への念願にみちてゐる人々にとつて、それは敗北を覺悟しつつ、「正義」のために華々しく戰ふことに役立つのです。

 

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私の詩神が勧めてくれた演奏。

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