Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

『ヴェニスに死す』に描かれた美

 "Der Tod in Venedig." 和訳は『ヴェニスに死す』。名訳だ。堅物の男が、強烈な生の虜となり自制を失い滅びる。『カルメン』や『痴人の愛』と同様のテーマと言えるかもしれない。
 しかしこれら作品と決定的に違うのは、『ヴェニスに死す』からは「肉の香り」がしないことではないか。その理由は、本作の2つの特異性にあると考える。すなわち、男は芸術家であるということ。そして男が愛でるのは「少年の美しさ」だということ。

 作中で少年はアポロンに愛された美少年ヒュアキントスに幾度も例えられているが、少年愛というのはギリシア世界の中では理想的な愛の形とされていた。芸術を愛する男は、少年がギリシア彫刻の様に完璧な美の所有者であったから彼を愛した。その愛は崇拝の形を取り、彼の愛は宗教にまで高められている。宗教と肉はどうやっても結び付かない。ここに『ヴェニスに死す』特有の「高潔さ」があるのではないか。

 この作品を読みながら、私自身もタッジオの虜になっていたと気づく。美しいものは愛でられて当然であり、それを愛でることは美を持たぬ者の慰めとなる。

 

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映画版『ヴェニスに死す』のテーマ曲であるマーラー交響曲第5番第4楽章。