Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

『田舎司祭の日記(Journal d'un curé de campagne)』1951

ロベール・ブレッソン(Robert Bresson)監督作。早稲田松竹で観賞。
云わずとしれたジョルジュ・ベルナトスの同名小説を下敷きにしている。

 

フランス北部の小さな村に赴任した若い司祭。
信仰が形骸化する時代。村人からは受け容れられず、信仰への確信も揺らぎ煩悶しつつも、彼は神と向き合うことを辞めず、己が使命の全うを試みる。
胃癌に冒された彼は、死の床でこう呟く。
「だから何だいうのだ? すべては聖寵である。」

 

ストーリーに対し考察を遺すのはあまりに難しい。そんな重荷を負ってしまえば、このブログを投げ出してしまいそう。だからブレッソンについて一言二言。
重厚な管弦楽で映画ははじまる。枯れ木を踏みしめる音、ドアの軋む音、水を注ぐ音。ひとつひとつの「音」に対する配慮が作品に緊張を生み、全体として「静」のイメージを残す。映像にしても、あちこちカメラが動く訳ではなく、人間の表情を撮り続ける。本作品のこうした禁欲さは、ブレッソン他作品と共通しているのではないかと思う。