Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

堀辰雄『ルウベンスの偽画』1927

彼女の顔はクラシックの美しさを持っていた。(...)彼はいつもこっそりと彼女を「ルウベンスの偽画」と呼んでいた。

 

ルーベンス国立西洋美術館にも何枚かは所蔵があつたと思ふ。ルーベンスの、陽光を帯びる鮮やかな色づかいは、確かに比類なく美くしい。だが彼の筆致は宗教画向きではない。彼の描く人間、薔薇色の肌を持つ人間は、生き生きとし過ぎてをり、背徳的ですらある。

 

主人公の年齢は定かでないが、恐らく十八から二十四の青年。年の割に少年の多感さを残してゐる。彼は恋愛に初心で、その気性にコンプレックスを抱いてゐるやう。本作はそんな彼の精神を分析する、フランス式の心理小説である。

 

以前、『聖家族』の時にも書いたが、堀辰雄の小説は、その文体と云ひ背景と云ひ、彼固有のものだ。労働者階級の逞しさとは無縁の、光芒の儚さを有する。

 

優雅とは無縁の女。ただ世に疎い事を優雅とは云はぬ。優雅とは卓越性である。人品骨柄に優れ、その挙措は秀抜、且つ才知(学識ではない)を有してゐなければ、断じて優雅ではない。残酷なやうだが、弱者、醜女は優雅たり得ない。

 

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