誉むべきかな、稀世の大芸術家リヒャルト・ワーグナー。
私はオペラのはじまりと偕に倏忽として地上から攫われた。斯の至高の音楽が続く限り、舞台上の幻想こそが実在で、それ以外の全ては非存在である。私は斯く確信させられたのだ。それは引力の束縛から解放されたような、異常な逸楽であった。
やはりワーグナー楽は劇場で真摯に聴くべきだ。自宅で料理をしながら口ずさむ『ドン・ジョヴァンニ』のような音楽とは性格が異なる。『タンホイザー』は一キリスト教徒の「信仰宣言」である。その3時間に及ぶ音楽は、DEUS CARITAS EST、この至純にして至高な3語に集約される。私とワーグナーの信じる神は同一である。故に私がどれ程の喜びを以て『タンホイザー』を聴いたか、ご理解頂けるだろう。
私の藝術は、私の祈りです。
これはワーグナー自身の言葉である。
良い演奏だったと思う。平生と異なり歌手が健闘していた。特に、名は知らぬが、妬み深いウェヌスと聖女エリザベトの演者。安定した力強い高音だった。
基本的に雙目を閉じ音楽に注意を凝らしていたのであるが、ふと目を開けると下品なバレエが展開されており興醒め。新国立劇場の素人バレエへの執着は何だ? 1861年の浮薄なパリジャンでも喜ばないような低劣さであった。あとカーテンコールが長い。新国立劇場は芸術冒瀆を即時止めよ。