かつて『伊豆の踊子』を読んだとき、退屈したのを覚えている。
川端作品を楽しめるようになったのは、本当に最近のことだ。少しは僕も成長しているのかもしれない。
優しい小説だ。
踊子の言うのが聞こえた。
「いい人ね」
「それはそう、いい人らしい」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」
この物言いは単純で明けっ放しな響きを持っていた。……二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった。だから、世間尋常の意味で自分がいい人に見えることは言いようなく有難いのだった。
私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け入れられるような美しい空虚な気持だった。明日の朝早く婆さんを上野駅へ連れて行って水戸まで切符を買ってやるのも、至極あたりまえのことだと思っていた。何もかもが一つに融け合って感じられた。