Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

ケルビーニ『メデア(Médée)』1797

www.youtube.com

『メデイア』は古典音楽から初期ロマン派音楽への過渡期に活躍した伊太利の作曲家、ルイージ・ケルビーニ(Luigi Cherubini)のオペラ。初演は1797年、パリにて。

古典の厳粛さを保ちながらも、モーツァルトとは明確に異なる、人間の「感情」を鋭く反映した音楽。

まず序曲がいい。作品を覆う不安と残酷な結末とを見事に暗示している。
裏切に遭い、復讐を決意し、それを実行する過程、ケルビーニはメデイアの心の動きを悲痛な音楽で描破する。
そしてクライマックスである。イアソンのすべてを奪ったメデアは、

Al sacro fiume io vo!  私は先に神聖なる川へと向かう
Colà t'aspetta l'ombra mia! 私の影はそこでお前を待ち続ける

と言い残して神殿を去り、残された人々の合唱で幕は閉じる。終幕に向かい音楽は極限まで張詰め、怒濤のフィナーレに、聴衆は多大な満足を得ること疑いない。

 

知れたことであるが、このオペラはギリシア神話が出典である。メデイアは、金羊毛皮を捜すイアソンに恋し、結婚を条件に彼を助けた。しかしイアソンは、慾に駆られてコリントス姫と結婚する。激しい憎悪に駆られたメデイアは、自身とイアソンの間にできた子供と、コリントス姫とを皆殺しにして、姿を消す。

 

酷い話だと思う。救いがない。
オイディプス』然り、ギリシア神話には暗澹な最期が多いが、悲惨さに於て『メデイア』は比肩に絶する。

我が子を殺害する母親、新妻と子供を同時に喪った父親。
父親は「すべて」を失ったにも関らず、自分自身は生きている、生きてゆかねばならない。この救いのなさが「メデイア」特有の悲劇性である。