Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

コナン・ドイル『ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)』1891

シャーロック・ホームズシリーズの映像化作品は数多ある。しかし、ジェレミー・ブレットを起用した英国グラナダテレビジョン制作のドラマシリーズは特別である。これほど満足に為された映像化作品は他にない。描写される風景、人物の風貌、台詞の細部に至るまでが忠実であり、原作の品性を保ち得ている、殆ど唯一の作品であると云って可い。

ボヘミアの醜聞』は56ある短篇シリーズの第1号、ホームズ作品としては第3作目にあたる。"The woman"こと、イレーナ・アドラー(衒学な英国紳士を気取りたいのであれば、決してアイリーンと呼ばぬことだ)の登場作品として、大変有名。グラナダシリーズは、エピソード1として本作品を選んだ。原作の雰囲気を重んじるグラナダシリーズのdebutに相応しく、その再現度たるや、感嘆に値する。

しかし気になる点がある。それは本事件のクライアントたるフォン・クラーム伯爵、否!正しくはボヘミア国王ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギースモーント・フォン・オルムシュタインの服飾描写である。

原作にはこう書かれている。

His dress was rich with a richness which would, in England, be looked upon as akin to bad taste. Heavy bands of Astrakhan were slashed across the sleeves and fronts of his double-breasted coat, while the deep blue cloak which was thrown over his shoulders was lined with flame-coloured silk and secured at the neck with a brooch which consisted of a single flaming beryl.

(彼の着物は奢侈であるが、英国では悪趣味と看做される類のものである。ダブルブレステッドの襟と袖には、アストラカン毛皮が飾られていた。肩から羽織る濃紺のマントは焔色のシルクで裏打ちされ、耀くエメラルドのブローチで首留めされていた。)

あとブーツの記述もあるが、まあそこはよい。さて、ドラマ版。

上衣にアストラカンの飾りは確認できるが、ダブルブレステッドではない。また画像では確認し難いが、マントは黒色。そして留め飾りはルビーと思わしき赤い宝玉。
思いの他、相違が目立つではないか。テイラーの本場たる英国なのだから、もう幾分拘りをみたかった。