Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

プーシキン『ボリス・ゴドゥノフ(Борис Годунов)』1831

急遽オペラ『ボリス・ゴドゥノフ』を予約した為、その予習(先日の記事参照)。

プーシキンの戯曲。1825年に執筆され、1831年検閲をパスして出版。しかし作中の批判的精神は当局を躊躇させ、舞台上演には更に40年の歳月を要した。岩波書店、佐々木彰譯。良い翻譯だ。

リューリク朝が断絶し、ロマノフ朝始祖ミハイルが皇帝に就くまでの動乱期(1598-1613)。ボリス・ゴドゥノフという韃靼の血を引く一執政官が、士族階級の支持により皇帝となったことに対し、貴族階級は反撥。外国勢力と手を結び、僭称者グリゴーリイをしてリューリク朝後継者ドゥミトリイを名乗らせ、ゴドゥノフ朝の覆滅を企てた。

以上の時代背景から己ずと明らかだが、本作品は奸智と裏切、そして血にまみれた戯曲である(ロシアの歴史の常である)。なお「戯曲の真の主人公は人民」と解説者は喝破しているが、その通りだろう。

モサリスキイ「マリヤ・ゴドゥノフとその子フョードルは、毒を仰いで倒れた。(…)何でお前たちは黙っている? 叫ぶんだ。皇帝ドゥミトリイ・イワーノヴィチ万歳!」

 

人民「... (黙して答えず)」

斯うした描写に対し解説者は、「ただ政治闘争において利用されるだけ」の人民の悲劇的運命を強調する。プーシキンの意図もそこにあろうが、私としては、危機に際して思考停止、黙ることしかできない人民の性をみた。