Epistula ad mē

美というものは、芸術と人間の霊魂の問題である

20220410日記_齋藤先生を訪ねて

小石川にある伝通院を訪ねた。かの地に眠る齋藤磯雄先生に手を合わせるため。
後楽園から坂を上がった。陽春の砌、汗が滲む。苦手な季節の到来。窓から生い茂る緑を眺めているだけで済むのならば、夏は好きなのだが。良い身分でないからそうもいかないのだ。
墓の場所は知らなかった。案内に尋ねればよかろうと思っていたのであるが、人がゐなかった。仕方がないので一区ずつ見て廻る。
すぐにみつかった、導かれたかのように。先生らしい西洋風の墓石であった。家名と家紋が彫ってあるだけのシンプルなつくり。家紋は沢瀉だろうか? 
花が活けてあった。リラダンの墓のように荒廃していなくて安心した。チューリップとシラユリだ(フルール・ド・リス! なおアヤメではない)。次の機会には、私もユリを持ってくるとしよう。

 

サンサーンス交響曲第3番を聴く。