Epistula ad mē

「美」というものは、藝術と人間の霊魂の問題である

リラダン『未来のイヴ(L'Ève future)』1879

御冗談でせう!「美」といふものは「藝術」と人間の霊魂の問題です!

 

公に発表されたのは1880年のこと『ル・ゴロワ(Le Gaulois)』紙上にて。赤貧の貴族ヴィリエ・ド・リラダン唯一の長編小説。女性観、恋愛観、反ブルジョワ精神の結晶。私が読んだのは、東京創元社出版、斎藤磯雄訳の『未来のイヴ』。

ヴィーナスの美貌を持ちながら、まるで心の品位を伴わないブルジョワ女に幻滅し、自ら命を絶たんとする青年貴族の為、エディソン博士は機械仕掛けの女性を創りあげる。ここでのエディソンはメフィストフェレスのよう。理想的な虚像が目の前にあらわれたとき、貴人は何を思うのか。

 

 

冗長に過ぎる箇所があるし、最後のまとめ方が散漫なように思われる。リラダンが「書きたかったこと」は、果たしてクライマックスで効果的に表現できているのか疑問だ。リラダンの本領は短篇小説、或いは詩の方面にあるのではないかと思う。
 とはいえ私の主観的な評価は高い。斎藤磯雄氏の翻訳が良いためか知らぬが、非常に高雅な文体で、且つ高潔な精神の発露。

余談だが、ブルジョワ女のモデルとなったのは、アンナ・アイリー・パウエル(Anna Eyre Powells)なる英国女性で、リラダンが一時金目当に結婚を図った相手ださう。さぞ美しく、俗悪な人物であつたのだらう。

 

引用

私はその女からその固有の存在を奪ひ取つてしまひませう。(p.111)

 

御冗談でせう!「美」といふものは「藝術」と人間の霊魂の問題です!(p.196)

 

「人造人間」は、今申した通り、「戀愛」の初期の時間を不動化したものに他ならないのでして、「理想」の時を永久に虜にしたもの、と申してもよろしいでせう。(p.230)

 

私は自分といふものを真剣に考へるといふ風変りな考へを堅持して失ひたくないと思つてゐるのです。それに、私の一門に傳はる銘句(エピグラム)はかうですから。ヨシヤ人ミナ屈スルトモ、我ノミハ否。(p.308)

 

≪あれは夢の中のことなのだ!錯覚なのだ!…≫とかなんとか。かういふ混濁した言葉の重みで満足してしまつて、あなたは御自身が超自然的なものであるといふ感覚を、軽率にもお心の中で弱めておしまひになるのです。(p.339)

 

あの人たちのことを考へたために、少しばかりあの人たちのやうになるのを避けるやう、用心致しませうね。(p.346)

 

暗澹たる偶像よ、私は世を避けてあなたと一緒に暮す覚悟を決めた!私は人間を辞職する、時代も流れ去るがよい!それといふのも、二人の女を較べてみると、確実に、生きている女の方こそ幻だと、今しがた気がついたからだ。(p.353)

 

two-timer 不貞者
hook up 付き合ふ
枉げる(おしまげる) 「枉げてお許し願います」
渾名(あだな)
緒言(しょげん) 序文
風馬牛(ふうばぎゅう) 自身と関係がないといふような態度
欣んで(よろこんで)
諫言(かんげん) 目上の人に忠告すること
喋喋喃喃(ちょうちょうなんなん) 親しげに話しあふさま
抑抑(そもそも) 
アベラシオン(aberration) 収差
嬋娟(せんけん) 容姿の艶やかで美しいさま
ともがら 仲間
けざやかに はっきりしている