Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

ユイスマンス『さかしま(A Rebours)』1884

物語は断片的で、殆どは主人公デ・ゼッサントの芸術論。文学、絵画、室内装飾、花、香水等、多岐にわたって彼のダンディズムが披露される。悍ましいブルジョワ社会から逃れて人工的耽美の世界に沈んだデ・ゼッサント。しかしそれにも嫌気が差すと、彼は漠とした超越(=カトリシスム)を望むようになる。それが不可能にも関わらず!

病的に理屈がましくて、気持ち良いものではない。彼に共感したくもない。それでも僕という人間は、デ・ゼッサントの出来損ないに違いないと思うのだ。僕はデ・ゼッサントのように余暇と財産を持たないし、教養も思考力も足りていない。だが僕は、確かにデ・ゼッサントと同じ過程を歩んでいる。その類似に驚いている。「フランス文学は人間を描いている」と何かの教科書に書いてあったが、全く言い得ている。

 

このようなブルジョワの君臨するところ、やがてはあらゆる知性が押しつぶされ、あらゆる誠実が嘲笑され、あらゆる芸術が死滅する運命を見るのは必至であった。(...)ええ、いまいましい、それならいっそ、社会なんぞ崩壊してしまえ! 老いぼれた世界なんぞ死んでしまえ!

 

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ジョリス=カルル・ユイスマンス(Joris-Karl Huysmans)1848-1907
『マルト、一娼婦の手記(Marthe, histoire d’une fille)』で自然主義作家として出発したが、生来神経質で、俗悪な現実に対する嫌悪の念が強かった彼は、次第に神秘の世界に関心を向けた。