Mon Cœur Mis à Nu / 赤裸の心

「美」といふものは「藝術」と人間の靈魂の問題である

三島由紀夫『太陽と鉄』1968

1965年から1968年に渡って佐伯彰一らの文芸同人雑誌『批評』に連載された。晩年を生きる三島が「芸術と生活、文体と行動倫理との統一」を図るにあたり、その根底に置く観念が紹介されている重要な作品である。

その密度と、論理的飛躍が相俟って極めて難解だ。三島はまず前提を置き論理を始めるけれど、その前提が独創的なのだから、細心の注意を払っていないとすぐ置いてけぼりにされてしまう。

 

太陽との出会い
 1945年の敗戦の夏。あの戦中戦後の堺目のおびただしい夏草を照らしていた苛烈な太陽。(太陽と死のイメージ)
 1952年、はじめて海外旅行へ出た船の上甲板での太陽との二度目の出会い。太陽は私に、私の思考を、堅固に安心して住まわせることのできるように、私に新しい住家を用意せよと命じていた。その住家とは、よく日に灼け、光沢を放った皮膚であり、敏感に隆起する力強い筋肉であった。

鉄を介して
 鉄を介して、私が筋肉の上に見出したものは、このような一般性の栄光、「私は皆と同じだ」という栄光の萌芽である。

生活
 時の本質をなす不可逆性に反抗すること。
 「武」とは花と散ることであり、「文」とは不朽の花を育てることだ。この対局性の自己への包摂、つねに相拮抗する矛盾と衝突を自分のうちに用意すること、それこそ私の「文武両道」なのであった。

芸術
「力を内包した形態という観念」「力の純粋感覚」

栄光
 肉体は集団により、その同苦によって、はじめて個人によっては達し得ない或る肉の高い水位に達する。
 早朝の朝まだき、集団の一人になって、額には日の丸を染めなした鉢巻を締め、身も凍る半裸の姿で、駆けつづけていた私は、その同苦、その同じ掛声、その同じ歩調、その合唱を貫ぬいて、自分の肌に次第になじんで来る汗のように、同一性の確認に他ならぬあの「悲劇的なもの」が君臨してくるのをひしひしと感じた。われわれは等しく栄光と死を望んでいた。

 

阿る(おもねる) こびへつらう
赤銹 あかさび
相剋 対立するものが互いに争うこと
嵌絵(はめえ) パズルのようなもの。
耳朶(じだ) 耳たぶ。
捨象(しゃしょう) 現象の特性・共通性以外を問題とせず、考えのうちから捨てること
好尚 このみ、嗜好
依怙地 つまらぬことに頑固なこと。
抒情 叙情に同じ。感情を述べ表すこと。
満身創痍 体中が傷だらけの様子。
エピグラム(epigram) 簡潔でウィットのある主張を伴う短い詩。
アプレゲール(apres-guerre) 戦後派
須臾(しゅゆ)の間 少しの間、しばし