Epistula ad mē

「美」というものは、藝術と人間の霊魂の問題である

Literature

モリエール『人間嫌い; あるいは怒りっぽい恋人(Le Misanthrope ou l'Atrabilaire amoureux)』1666

主人公のアルセストは、表裏があること(例えばお世辞)を極端に嫌う潔癖な青年貴族。この世間知らずな青年が恋に破れ、人間嫌いを募らせ、俗世間との関わりを絶たんとする所までを描く。 「アルセスト風の」という人間嫌いな性質を形容する言葉がある程、本作…

谷崎潤一郎『少将滋幹の母』1950

うつつにて誰ちぎりけむ定めなき夢路にまよふ我は我かは 若妻を奪われた老翁と、母を奪われた子の話。古典からの引用と、谷崎の創作とが巧に織り交ぜられ、ひとりの美くしき女性を巡る艶めかしい物語に仕上っている。谷崎の深い学識に感嘆させられる。

鷲田清一『京都の平熱 哲学者の都市案内』2013

講談社学術文庫。 下京の生まれである、京都大学哲学科教授が著者。著者が市バスの206系統に沿うて、京都のあちらこちらを案内してくれる。神社仏閣の由緒を云々する本では決してなくて、京都の在り方、人間社会の在り方についての主張。 やや60~70年代への…

ヘッセ『車輪の下(Unterm Rad)』1905

周囲の大人からの一方的な期待を背負い、機械的に応え続けてきた少年。最も感じやすい危険な少年時代を壓迫のうちに過ごした彼は、やがて心を壊す。彼は事故死した。しかし、それは偶然ではなく必然的な死であったに違いない。 痛々しく寂しい。人間が生涯を…

ゲーテ『若きウェルテルの悩み(Die Leiden des jungen Werthers)』1774

岩波の竹山道雄譯を読んだ。良い本だ、人にも薦めやすい。 愛してはならぬ女を愛して、苦しむウェルテル。ロマン派時代の、人間の自我への目覚めを、この一青年の懊悩を通してみることができる。 不徳な描写もあるはあるが、牧歌的、道徳的な雰囲気。そう、…

ワイルド『ドリアン・グレイの肖像(The Picture of Dorian Gray)』1890

本作品は退廃的な哲学を完成させる為の書にあらず、むしろ倫理的な側面が強いように思われる。肖像画はドリアン・グレイの良心、物語の結末が示すのは、モラルの勝利に他ならない。そういう意味で本作は、『サロメ』ではなく、『幸せな王子』と同じ系譜にあ…

堀洋一『ボウ・ブランメル(Beau Brummell)』1979

生涯が美しくあるためには、その最期は悲惨でなければならない オスカーワイルド 牧神社上梓。ボウ・ブランメルの伝記。ちょっとした服飾史を兼ねている。内容の殆どが先行研究の受売りで、とても学術論文には為らないだろうが、ブランメルのパブリック・ス…

ダンディズムとは何か? 生田耕作『ダンディズム 栄光と悲惨』1995

中央公論新社。底本は1975年に他社から上梓された評論。典雅の士ジョージ・ブランメルのアネクドートを持ち出して、ダンディズムを問う。ブランメルが体現し、ボードレールとドールヴィイが理論化した「ダンディズム」。さながら神の愛を体現したイエス・キ…

セシェ, ベルトゥ『ボードレールの生涯(La vie anecdotique et pittoresque de Charles Baudelaire)』1925

アルフォンス・セシェ(Alphonse Séché) とジュル・ベルトゥ(Jules Bertaut)の共著に成る。近代の霊魂の癒し得ぬ悲痛を詠んだ詩人、ボードレールの伝記。原著の初版は1925年頃であり、その後の研究から訂正されるべき箇所も多く在るだろうが、ボードレールが…

ポオ『ウィリアム・ウィルソン(William Wilson)』1839

ドッペルゲンガーを扱った話。さる良家出の主人公は、寄宿学校で自身と瓜二つの少年と出逢う。以来主人公が悪徳に走る時、このドッペルゲンガーは決まって彼の前に表れ、彼を邪魔するのであった。 このドッペルゲンガーについて、彼の良心が具現したものと捉…

リラダン『王位要求者(Le Prétendant)』1866

所謂「幻の書」。1866年に上梓されたと推定されているが、その稿本が発見されたのは1954年。1965年ジョゼ・コルティ社から刊行されたのは、実にヴィリエの死後76年目であった。 初期作品らしく存分にロマンティックでありながらも、ヴィリエ作品の一貫した主…

ポオ『アッシャー家の崩壊(The fall of the house of Usher)』1839

幻想的(というより病的)なポオの短篇小説。暗澹たる恐怖に襲われるアッシャー氏。友人の助けも虚しく、彼は恐怖の生贄となる。 ポオは数学的に残酷な文体を用いて、じわりじわりと、私の理性を恐怖で支配してしまう。ポオの作品を読むときに私たちが受ける、…

リラダン『彼岸世界の話(Propos d’au-delà)』から「崇高なる愛(L'Amour sublime)」「こよなき戀(Le meilleur Amour)」1893

『彼岸世界の話』はヴィリエ最晩年の作を収めた短編小説集である。彼の死後4年目1893年に単行本として上梓された。 「崇高なる愛」1889世俗的な実際家エヴァリスト・ルソー・ラトゥーシュと、崇高なる魂の持主との間には、「愛」の認識について、非常な隔た…

エドマンド・ウィルスン『アクセルの城(Axel's Castle)』1931

米国人文学者による象徴主義についての文学評論。ヴィリエ・ド・リラダンの詩劇『アクセル』の主人公、アクセル・ドーエルスペール伯を、象徴派のあらゆるヒーローたちの典型であると看做し、書名に用いている。 ledilettante.hatenablog.com 象徴主義はロマ…

リラダン『エレン(Elën)』1865

1865年1月14日(私の誕生日!)、ヴィリエが27歳の時に上梓した作品。若きヴィリエの作品に、『トリビュラ・ボノメ』、『未来のイヴ』や『アクセル』の充実感はあるのか?侮る莫れ。本作は崇高なる理想主義者であるヴィリエの本領が、存分に発揮された傑作に違…

ポオ『リジイア(Ligeia)』1838

人もその繊弱い意志の甲斐なさによらぬかぎりは、天使にも将た死にも、屈従しおわるものではない 最愛の、そして今は亡き妻リジイアを想う男。彼の意志が、喪われた恋人を幽世から呼戻す。 『ヴェラ』を書いたリラダンが、本作を参考にしたことは疑いようが…

リラダン『新残酷物語(Nouveaux Contes Cruels)』1888

レミ・ド・グルーモンが指摘するように、ヴィリエは夢と諷刺の両者から成り立っている。『新残酷物語』(1888)は『残酷物語』(1883)に続き、こうしたヴィリエの二面性が殆ど交互に愉しめる短篇集。 『寄宿舎友達』諷刺。近代社会の道徳顚倒、拝金主義。『希望…

リラダン『アクセル(Axël)』1890

斎藤磯雄氏譯、東京創元社。ヴィリエの理想主義的な夢と中世趣味が見事に結晶した詩劇。ヴィリエの死後に出版された。 青春から逃れ、シュヴァルツヴァルトの古城で現身と永劫世界の間に揺れる男。美しき姫サラ(レオン・ブロワの言葉を借りれば、「無限に美…

ユゴー『九十三年(Quatrevingt-Treize)』1873

榊原晃三譯, 潮出版社, 1969年。大革命当時の「ヴァンデの反乱」(1793)を主題として、人間愛に基いた革命精神を謳いあげた大河小説、というより歴史の教科書。大革命当時の風俗やら、風潮やらを知るのには良い。物語終盤、人道主義に駆られたゴーヴァンの内…

ポオ『天邪鬼(The imp of the perverse)』1845

本作でポオは「悪の為に悪を行う」という人間の不合理な性質に注目している。 ・経験的な見方をした場合、人間行為のうちには逆説なあるもの、『天邪鬼』が存在する。 ・この存在に刺激されて、人間は目的なしに行動(無動機の動因)することがある。 ・換言す…

ポオ『モルグ街の殺人』1841, 『盗まれた手紙』1845

帰納法の大家、霊妙怪異なエドガー・アラン・ポオ。ポオの美学は感覚的なものではなく、精確無比、理知的計算の上に成り立つものであった。ポール・ヴァレリーはポオの作品を指して、あの「数学的阿片を決して忘れることはできぬ」と云った。 ポオについて、…

川端康成『雪国』1937

高校生の時分以来に再読。 どことなく退廃の香り。人の世の虚しさ(作中「徒労」という言葉に集約されている)に充ちていて、そこに純粋な美しさを見出す日本人の性がよく顕れた作品。話があっちこっち飛んで煩わしいが、これは愛すべき川端作品の共通項なのだ…

リラダン『トリビュラ・ボノメ(Tribulat Bonhomet)』1887

東京創元社、斎藤磯雄氏の翻譯。 いかなる意味に於いても「貴族的」ではないトリュビラ・ボノメ。その心は実用主義、折衷主義、進歩主義で芸術家嫌悪。「白鳥を殺す輩」。そんなボノメが、不滅の霊魂に関心を寄せるルノワール夫妻との交流を通して「神秘」に…

ブロワ『リラダンの復活(La Résurrection de Villiers de l'Isle-Adam)』1906

森開社、田辺貞之助譯。ヴィリエの遺した言葉、思想、作品をめぐり、追慕する趣旨。フレデリック・ブルゥ(Frédéric Brou)によるリラダン記念碑(Projet de Monument à Villiers de l'Isle Adam)の披露と同時期に書かれているようだ。その記念碑とは、「光栄の…

スタンダール『赤と黒(Le Rouge et le Noir)』1830

副題は「19世紀年代記(Sous-titré Chronique du xixe siècle)」。のちに1830年代記と改められている。1830年代とあるが、実際には七月革命(1830)前夜のフランス社会を描く風俗小説であり、同時に恋愛心理小説。 ナポレオンを崇拝する貧しい青年ジュリアン・…

ワイルド『サロメ(Salomé)』1891

オスカー・ワイルドの云わずと知れた悲劇。初出は1893年の巴里。マタイによる福音第14章第3節、マルコによる福音第6章17節にある洗礼者ヨハネの斬首に関する創作。この戯曲に描かれるサロメに対し、デカダン気質の作家は総じて高い評価を與ている。ワイルド…

リラダン『未来のイヴ(L'Ève future)』1879

御冗談でせう!「美」といふものは「藝術」と人間の霊魂の問題です! 公に発表されたのは1880年のこと『ル・ゴロワ(Le Gaulois)』紙上にて。赤貧の貴族ヴィリエ・ド・リラダン唯一の長編小説。女性観、恋愛観、反ブルジョワ精神の結晶。私が読んだのは、東京…

リラダン『至上の愛(L'Amour suprême)』1886

「永遠の女性」との告別。 ヴィリエの魅力とは何か? それは彼の理想に対する熱である。写実主義を「永遠の田舎者」と諷するだけあって、彼の作品から「俗悪な世に対する諦念」は見出だされない。リラダンが目指したのは夢の勝利。ロマン・ロランは、ヴィリエ…

ユイスマンス『出発(En route)』1895

前作の『彼方』で人工的楽園に浸っていたデュルタルが信仰の道へと「出発」する。これまでの自分自身に対する侮蔑と慚愧に懊悩する男の内心には痛ましいものがある。 霊的自然主義の実践、緻密な細部描写が特徴的。『さかしま』や『彼方』同様、よほど変わり…

三島由紀夫『文章読本』1959

三島が『鏡子の家』を書いている時期に綴られた文章論。世間の普通読者(lecteurs)を精読者(liseurs)に導くことを目的としている。 昔の人が小説を味わうと云えば、それは文章を味わうことであった。しかし十分に舌の訓練がないことには味わうことができない…